海底の泥には、過去の植物プランクトンが休眠細胞として残ることがあります。条件が良ければ、それを再び増殖させて「過去の集団」と現代集団を同じ環境で比較できます。
2024年の Nature Climate Change 論文では、バルト海の珪藻 Skeletonema marinoi を1960年代、1990年代、2010年代の堆積層から復活させ、温度応答を比較しました。結果は明確で、現代集団の最適増殖温度は1960年代より約1℃高くなっていました。
旧版では「現代の植物プランクトンは温暖化に適応した」と一般化していましたが、この研究が直接示したのは北部バルト海の一つのS. marinoi自然集団が、約60年間で温度応答を進化的に変化させたことです。
1960年代・1990年代・2010年代の休眠細胞を海底堆積物から復活

研究地点はフィンランド南西部のArchipelago Seaです。海底が長期間低酸素状態で、堆積層が乱されにくいため、年代の異なる休眠細胞が保存されています。
2020年に堆積物を培養し、1960年代、1990年代、2010年代に相当する層からS. marinoiを単離しました。各年代7株を6〜26℃で培養し、温度ごとの増殖速度からthermal performance curveを推定しています。
最適温度は14.99℃から15.88℃へ

平均の最適増殖温度Toptは、1960年代株で14.99℃、1990年代で15.5℃、2010年代で15.88℃でした。約60年でほぼ1℃上昇しています。
研究海域の海面水温も長期的に上昇しており、この結果は自然集団が温暖化へ追随して適応した証拠として解釈されています。実験室で強い選択圧をかけた進化実験より、自然界での適応速度は約1桁遅いと著者らは指摘しました。
暖かさへの適応には「寒さに弱くなる」代償もあった
現代株では高温側への適応が進んだ一方、低温限界Tminは1960年代の2.93℃から2010年代の4.42℃へ上がりました。1960年代株の方が低温で高い増殖速度を示しています。
つまり温暖化適応は能力の単純な上乗せではなく、高温側へ性能曲線をずらす代わりに低温性能を失うtrade-offを伴っていました。上限温度Tmaxには年代間の明確な差がありませんでした。
細胞形態と遺伝子発現も変わっていた
2010年代株では温度上昇に伴って細胞幅が増え、表面積/体積比が変化する独特な形態応答が見られました。遺伝子発現では硝酸代謝やheat-shock responseなどの年代差も確認されています。
1960年代株は高温でより強いheat-shock応答を示し、現代株では同じ温度に対するストレス反応が弱くなっていました。生理、形態、遺伝子発現の複数層が同じ方向を支持しています。
「地球上の植物プランクトンは適応できる」とは言えない
S. marinoiは休眠細胞を海底へ残すため、このような復活実験が可能な特別なモデルです。植物プランクトンは種ごとに世代時間、遺伝的多様性、分散、栄養応答が異なります。
さらに研究海域では温度だけでなく富栄養化など他の環境変化も起きています。温度との対応が強くても、自然集団の進化を単一要因だけで説明することには注意が必要です。
復活生態学は数千年前まで伸び始めている
その後の研究では、S. marinoiの休眠細胞をさらに古い堆積層から復活させ、数千年規模で塩分や温度応答、遺伝的分化を調べる研究も進んでいます。これは「60年で温暖化適応した」という結果を否定するのではなく、環境変化への適応能力が長い時間軸でどのように維持・変化してきたかを調べる新しい文脈です。
この研究が示した重要な点は、植物プランクトンが温暖化に“完全対応できる”ことではありません。少なくとも一つの自然珪藻集団では、数十年という時間でも測定可能な進化応答が起きていたこと、そしてその適応にはtrade-offがあったことです。
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参考文献
- Hinners J et al. Temperature optima of a natural diatom population increases as global warming proceeds. Nature Climate Change. 2024;14:518–525. https://doi.org/10.1038/s41558-024-01981-9


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