鏡に映した右手と左手は、よく似ています。しかし、どのように回転させても完全には重なりません。
化学で登場するD体とL体などの鏡像異性体を思い浮かべる方もいるでしょう。今回紹介する花にも、それに似た「右型」と「左型」があります。
ただし、分子のD体・L体と同じ分類というわけではありません。花を正面から見たとき、雌しべが右側へ曲がる個体と、左側へ曲がる個体が存在するのです。
しかも、これは偶然に生じた形のばらつきではありません。
花は左右の構造を利用して、訪れた昆虫の体の異なる場所に花粉を付着させています。つまり、花は昆虫をただ呼び寄せているだけではなく、昆虫の体のどこに花粉を載せるかまで調整しているのです。
2026年にScienceで報告された研究から、この精密な受粉システムを支えるスーパージーンと、意外にも重力を利用した花の形づくりが明らかになりました。
南アフリカに咲く、左右2種類の花
研究対象となったのは、南アフリカに分布するバタフライリリーの仲間、主にWachendorfia paniculataなどのWachendorfia属植物と、近縁のBarberetta aureaです。
Wachendorfiaの黄色い花では、1本の雌しべと、3本ある雄しべのうち花粉輸送に重要な1本が、花の中心線を挟んで反対側へ突き出しています。
ある個体では雌しべが左側へ曲がり、対応する雄しべは右側へ伸びます。別の個体では、これを鏡に映したように、雌しべが右側へ、雄しべが左側へ伸びます。論文では、花を正面から見た観察者の左右を基準に、L-morphとR-morphを区別しています。
このように、左右が反転した花型が同じ集団内に存在する現象は、二型鏡像花柱性(dimorphic enantiostyly)と呼ばれます。
重要なのは、一つの個体が左右両方の花をランダムに咲かせるのではないことです。調査されたWachendorfiaでは、ほぼすべての個体が一貫して左型または右型の花を咲かせました。研究チームが16地点、2,448花序を調べたところ、同じ株のほかの花と向きが異なる花序は、わずか1例でした。
花の左右は、非常に安定した遺伝形質なのです。
花は昆虫をただ呼んでいるのではない――体のどこに花粉を載せるかまで調整している
花に左右2種類の型があることには、どのような意味があるのでしょうか。
花を訪れた送粉昆虫が蜜や花粉を集めると、横へ突き出した雄しべが、昆虫の体や翅の片側に接触します。左型と右型の花では雄しべの位置が反転しているため、昆虫の左右の異なる位置に花粉が付きます。
昆虫が反対型の花へ移動すると、今度はその位置に雌しべの先端、すなわち柱頭が接触します。
左型の花が昆虫のある場所に花粉を付け、その花粉を右型の花が受け取る。右型から左型への移動では、その反対側で同じことが起こります。
昆虫の体は、単なる花粉の運搬面ではありません。花の構造によって、左右の異なる場所が使い分けられているのです。
過去の花粉追跡研究でも、W. paniculataの柱頭へ届く花粉の多くが、反対型の花で逆側へ突き出した雄しべに由来することが示されています。今回のScience論文は、その配置がどのように発生し、遺伝的に維持されるのかを明らかにしました。
花の左右差は、見た目の装飾ではありません。
花粉を昆虫のどこに付け、次の花のどこで受け取るかを調整する、立体的な受粉システムなのです。
進化的には、何が得なのか
Wachendorfiaの一つの花には、雄しべと雌しべの両方があります。そのままでは、自分の雄しべから出た花粉が、自分の雌しべへ付着する可能性があります。
自家受粉には、送粉相手が少ない環境でも子孫を残せる利点があります。一方で、他個体との交配を促すことは、遺伝的な組み合わせを増やし、近交弱勢を避けるうえで有利になり得ます。
Wachendorfiaでは、雄しべと雌しべを左右の別の場所へ配置することで、同じ花の雄しべと雌しべが昆虫の同じ位置に触れにくくなります。さらに、反対型の花では雄しべと雌しべの位置が入れ替わるため、異なる個体間での花粉輸送が起こりやすくなります。
この仕組みは、自家受粉を完全に防ぐものではありません。しかし、雄機能と雌機能の物理的な干渉を減らし、反対型の個体への花粉輸送を促進すると考えられます。
W. paniculataの多くの自然集団では、左型と右型がおおむね1対1に近い割合で存在します。
もし右型ばかりになれば、右型が昆虫に付けた花粉を受け取るのに適した左型が不足します。左型ばかりになった場合も同様です。少数派の型は、多数派が昆虫へ付着させた花粉を受け取る機会が相対的に増える可能性があります。
ある型が少ないときに有利になり、増えすぎると有利さが低下する仕組みは、負の頻度依存選択と呼ばれます。
今回の研究だけで、この選択過程を直接実証したわけではありません。しかし、左右型がおよそ1対1で存在すること、過去の研究で反対型間の花粉輸送が優勢だったこと、そして左右を決める遺伝因子が一つの領域として維持されていることは、この説明とよく一致します。
花の左右差は、変わった形が偶然残ったものではなく、他個体へ花粉を届ける効率と結び付いて進化した可能性が高いのです。
左右を決めていた「スーパージーン」
研究チームが左型と右型のゲノムを比較したところ、右型の植物だけが持つ染色体領域が見つかりました。研究者はこの領域をR座位と名付けました。
R座位は、一つの強力な遺伝子ではありません。互いに近接した複数の遺伝因子が、まとまりとして受け継がれるスーパージーンです。
「スーパー」という言葉から、通常の遺伝子より強力な遺伝子を想像するかもしれません。しかし、スーパージーンの重要な点は強さではなく、複数の形質を協調させる遺伝因子が、遺伝的なパッケージとして一緒に受け継がれることです。
今回のR座位には、左右の制御に関わる2つの主要な遺伝因子が含まれていました。
- MIR156-R:主に雌しべの向きに関わる
- YUCCA-R(YUC-R):反対側へ突き出す雄しべの向きに関わる
MIR156-Rは発達中の右型の雌しべで発現し、植物の発生制御に関わるマイクロRNA、miR156を作ります。一方、YUC-Rは右型の特定の雄しべで発現します。YUCCA遺伝子群は植物ホルモンのオーキシン生合成に関わり、実際に右型の雄しべでは左型より高いオーキシン濃度が検出されました。
つまり、一つの遺伝子が花全体を左右へ曲げているわけではありません。
雌しべを担当する因子と、雄しべを担当する因子が別々に存在しながら、同じ染色体領域にまとめられているのです。
雌しべ担当と雄しべ担当を、セットで受け継ぐ意味
仮に雌しべと雄しべの左右を決める遺伝子が、染色体上の遠く離れた場所にあったとします。
その場合、世代を重ねるうちに組換えによって遺伝子の組み合わせが崩れ、雌しべと重要な雄しべが同じ側へ寄った花が生まれやすくなります。それでは、昆虫の体上で花粉を付ける場所と受け取る場所が対応しません。
R座位では、雌しべの向きを変える因子と、雄しべの向きを反対に変える因子が近接しています。このため、両者は一つのパッケージとして受け継がれます。
- 雌しべを右へ配置する
- 重要な雄しべを左へ配置する
という、受粉に都合のよい組み合わせが維持されるのです。
このように、複数の適応的形質を一体として維持できることが、スーパージーンの大きな利点です。
研究チームは、R座位の一部が自然に欠けた個体も発見しました。YUC-Rが欠失した個体では、通常なら反対側にあるはずの雌しべと雄しべが右側へ寄りました。MIR156-Rを含む領域が欠失した個体では、両方が左側へ寄りました。
この自然変異は、R座位の中に「雌しべ担当」と「雄しべ担当」が分かれて存在することを強く支持します。
なお、Wachendorfiaでは安定した形質転換法が確立されていないため、モデル植物で行われるような遺伝子ノックアウトによる直接検証は実施されていません。ただし、遺伝子の有無、発現場所、ホルモン量、自然欠失変異と花型の対応を組み合わせた証拠は非常に強く、Science論文ではMIR156-RとYUC-Rが原因座位として位置付けられています。
遺伝子だけでは「右」と「左」は完成しない
遺伝子が左右を決めると聞くと、遺伝子が直接「右へ曲がれ」「左へ曲がれ」と命令しているように思えます。
しかし、実際の仕組みには重力も必要でした。
研究チームが開花前のつぼみを上下逆さまにして育てると、雌しべと雄しべは、花自身の固定された背腹軸ではなく、重力方向を基準として向きを変えました。
また、つぼみをクリノスタットで回転させ続け、一定方向から重力刺激を受けにくくすると、雌しべと雄しべは左右へ大きく開かず、花の中央に近い位置へ成長しました。
研究から示されたのは、次のような仕組みです。
- 遺伝的に決まる、器官内部の左右どちらかへのキラリティーがある
- 重力に応じて、器官の上側と下側で成長量に差が生まれる
- 内在するキラリティーと重力応答が組み合わさり、雌しべや雄しべが左右へ移動する
ただし、器官内部のキラリティーを生む最終的な構造は、まだ完全には分かっていません。表皮細胞のねじれや微小管配列だけでは説明できず、研究者らは細胞壁や内部組織のらせん構造が関与する可能性を挙げています。
遺伝子だけでも、重力だけでも、完成した左右差は作れません。
遺伝子が左右差の方向性を用意し、重力がそれを目に見える花の配置へ変換しているのです。
花が自分の内部だけではなく、重力という外部の基準を使って「右」と「左」を決めている点は、この研究の特に興味深い発見です。
花の形は、昆虫の体まで含めて完成する
花と昆虫の関係というと、色や香り、蜜によって昆虫を呼び寄せる場面が注目されます。
しかし、植物の戦略は昆虫を花まで連れてくるところで終わりません。
花の形によって昆虫の姿勢を決め、雄しべを特定の位置に接触させ、昆虫の体の左右へ花粉を分けて載せます。そして次の花では、その場所に柱頭が触れるように配置されています。
植物は動き回ることができません。それでも、自らの形を変えることで、動物の体を花粉輸送システムの一部として組み込んでいます。
今回の研究が示したのは、目立つ黄色い花の裏側にある、遺伝子、植物ホルモン、重力、昆虫行動、自然選択がつながった仕組みです。
右型と左型の花は、分子の鏡像異性体のように、互いによく似ています。
しかし、その左右差は単なる鏡映しではありません。
花粉をどこに載せ、どの花へ届けるかという、生殖の仕組みそのものが左右に組み込まれているのです。
※アイキャッチ画像は論文図の転載ではなく、研究対象であるWachendorfia paniculataの特徴を参考に作成した概念図です。花粉の色分けは左右の輸送経路を示す模式表現で、実際の花粉色を示すものではありません。
参考文献
- Xue H. et al. Supergene control of chiral development in mirror-image flowers. Science(2026).
- Xue H. et al. Supergene control of chiral development in mirror-image flowers. bioRxiv(2025).
- Minnaar C. and Anderson B. A combination of pollen mosaics on pollinators and floral handedness facilitates the increase of outcross pollen movement. Current Biology 31(2021).
- Robertson C. et al. Spiral phyllotaxis predicts left-right asymmetric growth and style deflection in mirror-image flowers of Cyanella alba. Nature Communications 16, 3695(2025).

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