清涼飲料水や乳飲料、調味料などの原材料表示を眺めていると、「果糖ぶどう糖液糖」という名前をよく見かけます。
あまりにも日常的に使われているため、普段は意識されることがありません。しかし、その正体をたどっていくと、畑で育つ植物、でん粉を分解する酵素、微生物、そして大規模な食品製造技術へとつながっていきます。
果糖ぶどう糖液糖は、健康面では厳しい視線を向けられることの多い甘味料です。一方で、安定した品質の食品や飲料を大量に届けるために、半世紀以上にわたって食を支えてきた素材でもあります。
今回は、果糖ぶどう糖液糖を単なる「糖分」としてではなく、植物資源を利用したバイオものづくりの成功例として見ていきます。
果糖ぶどう糖液糖とは何でしょうか
果糖ぶどう糖液糖は、主にトウモロコシなどから得られるでん粉を原料として作られる、液体の甘味料です。
でん粉を分解して作ったぶどう糖の一部を、酵素によって果糖へ変換した糖液は、まとめて「異性化糖」と呼ばれます。日本農林規格(JAS)に基づく表示では、糖のうち果糖が占める割合によって名称が変わります。
- 果糖含有率が50%未満:ぶどう糖果糖液糖
- 果糖含有率が50%以上90%未満:果糖ぶどう糖液糖
- 果糖含有率が90%以上:高果糖液糖
つまり、「果糖ぶどう糖液糖」という名称は、糖液中で果糖の割合がぶどう糖より高いことを表しています。
英語圏でよく使われるHigh-Fructose Corn Syrup(HFCS)は、トウモロコシでん粉を原料とする異性化糖です。HFCS-42やHFCS-55という数字は、乾物中に含まれる果糖の割合を示しています。
植物が蓄えたでん粉を、もう一度甘くする
植物は、光合成によって二酸化炭素と水から糖を作ります。作られた糖の一部は、多数のぶどう糖がつながった「でん粉」として、種子や地下部などに蓄えられます。
トウモロコシの種子に大量のでん粉が含まれているのも、発芽後の成長に必要なエネルギーを保存しておくためです。
果糖ぶどう糖液糖の製造では、植物が蓄えたでん粉を、複数の酵素を使って再び小さな糖へと分解していきます。
1.でん粉を短く切る
最初に、α-アミラーゼなどの酵素を使い、長くつながったでん粉を短い糖鎖へと分解します。
2.ぶどう糖まで分解する
続いて、グルコアミラーゼなどを作用させ、糖鎖をぶどう糖まで分解します。
3.ぶどう糖の一部を果糖へ変える
最後に、グルコースイソメラーゼを使い、ぶどう糖の一部を果糖へ変換します。
ぶどう糖と果糖は、どちらも分子式がC₆H₁₂O₆ですが、原子のつながり方が異なります。グルコースイソメラーゼは、その構造を組み替える反応を触媒します。
さらに、果糖を選択的に濃縮した糖液を混合することで、HFCS-55など用途に適した組成へ調整できます。
植物のでん粉、微生物由来の酵素、分離技術、連続生産設備がつながって、均一な甘味料が大量に作られているのです。
日本だけでも年間76万6000トン
果糖ぶどう糖液糖を含む異性化糖は、限られた食品だけに使われる特殊な素材ではありません。
農林水産省が2026年6月に公表した見通しによると、2025年10月から2026年9月までの令和7砂糖年度における日本の異性化糖消費量は、76万6000トンと見込まれています。
同じ期間の分蜜糖、すなわち上白糖やグラニュー糖などの消費量見通しは173万4000トンです。異性化糖だけで、一般的な砂糖の4割を超える規模に達します。
米国でもHFCSは巨大な産業です。米国農務省経済調査局によると、米国のHFCS生産量は1980年の220万ショートトンから増加し、1999年には乾物換算で950万ショートトンに達しました。その後は減少傾向にあるものの、2019年時点でも790万ショートトンが生産されていました。
産業技術総合研究所は2008年の記事で、当時、世界の砂糖生産量の1割を超える規模の異性化糖が生産されていると紹介しています。世界全体を同一基準で集計した最新の公開統計は限られますが、少なくとも日本と米国の公的統計だけを見ても、異性化糖が世界の食品産業を支える巨大素材であることが分かります。
食品の原材料表示では一行に収まる存在ですが、その背後では、大規模な農業、酵素産業、食品工場、物流網が動いています。
なぜ、これほど広がったのでしょうか
果糖ぶどう糖液糖が普及した理由は、単に甘いからでも、価格が安かったからだけでもありません。食品製造にとって扱いやすい、いくつもの性質を持っていたためです。
冷たい状態でも甘味を感じやすい
果糖は、冷やすと相対的に甘味を強く感じやすい性質があります。そのため、冷たい状態で飲む清涼飲料水や乳飲料、冷菓などと相性がよい甘味料です。
異性化糖の甘味は比較的すっきりしており、果物の香りを引き立てる効果もあるとされています。
液体なので、そのまま混合できる
砂糖を液体食品に使う場合、用途によっては水に溶かす工程が必要です。果糖ぶどう糖液糖は最初から液体であるため、タンクで保管し、配管を通して計量し、そのまま製造ラインへ投入できます。
大量の飲料を連続的に製造する工場にとって、溶解工程を省きやすいことは、作業効率や品質の安定化につながります。
高濃度でも結晶化しにくい
ぶどう糖と果糖を含む糖液は、高濃度でも結晶化しにくく、比較的安定です。製品の中で糖の結晶が析出しにくいため、飲料、冷菓、缶詰、調味料など、幅広い食品に利用できます。
甘味以外の役割もある
糖は、食品に甘味を付けるだけではありません。浸透圧、氷点、褐変、粘度、保水性などにも関係し、食品の食感や保存中の状態を左右します。
果糖ぶどう糖液糖は、甘味、香り、食感、製造効率を同時に調整できる、機能性の高い食品原料なのです。
世界へ広がった技術には、日本の研究が関わっていました
異性化糖の工業化には、日本の研究者が大きく貢献しています。
現在の産業技術総合研究所につながる発酵研究所では、高崎義幸博士らの研究グループが、微生物酵素のグルコースイソメラーゼを利用して、ぶどう糖を果糖へ変換する技術を開発しました。
1965年には、グルコースイソメラーゼの製造法の基礎となる特許を取得し、1970年までに工場生産に必要な基本技術を確立しました。
砂糖の代替甘味料を探していた米国企業がこの技術に注目し、1966年には海外企業との特許契約が結ばれました。産総研によると、これは当時の通商産業省における特許輸出第1号でした。
関連技術は世界各国へ展開され、産総研にもたらした特許料収入は総額約14億円に達したとされています。
現在の工場では、酵素を担体へ固定し、糖液を連続的に通過させることで、酵素を繰り返し利用する方法が広く使われています。
植物のでん粉と微生物の酵素を、大規模な連続生産へ結び付けた異性化糖は、バイオテクノロジーが研究室から食品工場へ進出した初期の代表例といえるでしょう。
健康問題は、無視できません
果糖ぶどう糖液糖について調べると、肥満、2型糖尿病、脂肪肝などの健康問題が必ず話題になります。
糖分を多く含む飲料の過剰摂取が、健康上のリスクとなり得ることは慎重に受け止める必要があります。
2022年に発表された、約150万人を対象とする縦断研究の系統的レビューとメタ解析では、砂糖入り飲料の摂取量が多いことは、2型糖尿病、肥満、冠動脈疾患、脳卒中のリスク上昇と関連していました。
世界保健機関(WHO)は、砂糖やシロップ類に由来する「遊離糖」の摂取量を、成人と子どものいずれでも総エネルギー摂取量の10%未満に抑えることを推奨しています。さらに5%未満へ減らすことで、追加の健康上の利益が期待できるとしています。
一方で、「果糖ぶどう糖液糖だけが、砂糖よりも特別に悪いのか」という点は分けて考える必要があります。
2022年の系統的レビューとメタ解析では、HFCSとショ糖を直接比較した4報、767人分のデータが解析されました。その結果、体重、BMI、体脂肪量、血糖、血中脂質、血圧などの多くの項目では、両者に明確な差は認められませんでした。ただし、対象研究数や試験期間は限られており、結論には慎重さが必要です。
現時点では、「果糖ぶどう糖液糖だけを避ければよい」という単純な話ではなく、砂糖であっても異性化糖であっても、甘味料や砂糖入り飲料を過剰に摂取しないことが重要だと考えるのが妥当でしょう。
悪役でも、正義の味方でもありません
果糖ぶどう糖液糖は、健康食品ではありません。摂取量を気にせず、いくらでも食べてよい素材でもありません。
しかし同時に、正体の分からない人工的な液体というわけでもありません。その出発点には、植物が光合成によって作り、種子や地下部へ蓄えたでん粉があります。
そのでん粉を酵素でぶどう糖へ分解し、微生物由来の酵素によって一部を果糖へ変換することで、世界規模の甘味料が作られています。
冷たい飲料をすっきり甘くすること。
冷菓や加工食品の品質を安定させること。
工場で大量の食品を、同じ品質で作り続けること。
手頃な価格で、世界中の人へ食品を届けること。
果糖ぶどう糖液糖は、そのような仕事を何十年も続けてきました。
植物と微生物、酵素工学、農業、物流、食品工業がつながり、毎日の食卓を静かに支えています。
健康上の課題を抱えながらも、数え切れないほどの飲み物や食品を届け、多くの人の日常を少しだけ甘くしてきた存在です。
果糖ぶどう糖液糖は、現代の食を支えてきた、植物由来の「縁の下の力持ち」なのかもしれません。
主な参考文献・資料
- 農林水産省「令和7砂糖年度の『砂糖及び異性化糖の需給見通し』について」2026年6月24日
- USDA Economic Research Service, Sugar and Sweeteners: Background
- USDA Economic Research Service, Sugar and Sweeteners Yearbook Tables
- 産業技術総合研究所「バイオテクノロジーの道を拓いた産総研の特許輸出 第1号」
- 農畜産業振興機構「でん粉からできる異性化糖」
- 農畜産業振興機構「異性化糖の話」
- 農畜産業振興機構「甘味と食品表示の今後の新たな役割~砂糖などの甘味料を例に~ 後編」
- Li X. et al. The effect of high-fructose corn syrup vs. sucrose on anthropometric and metabolic parameters: A systematic review and meta-analysis. Frontiers in Nutrition, 2022.
- Santos L.P. et al. Sugar sweetened beverages intake and risk of obesity and cardiometabolic diseases in longitudinal studies: A systematic review and meta-analysis with 1.5 million individuals. Clinical Nutrition ESPEN, 2022.
- World Health Organization, Guideline: sugars intake for adults and children

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