食の世界では「地元のものを買えばCO₂排出が少ない」という認識が広く浸透しています。しかし、実際には作物の種類や生産条件によって排出量は大きく変動し、必ずしも輸送距離の短さだけで環境負荷の大小を判断できるとは限りません。ここで鍵になるのが「カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products: CFP)」という概念です。カーボンフットプリントとは、ある製品が原材料の生産から加工、輸送、消費に至るまでの過程でどれだけの温室効果ガスを排出するのかを定量化した指標のことを指します。簡単に言えば、その製品が地球温暖化にどれだけ寄与しているかを数値で表したものです。単位には二酸化炭素換算(kgCO₂e)が用いられ、二酸化炭素だけでなくメタンや一酸化二窒素といった他の強力な温室効果ガスも換算して含めています。カーボンフットプリントを把握することで、生産者や消費者は環境負荷の大きな部分を特定し、改善策を講じることが可能になります。例えば肥料の使い方を工夫したり、土壌管理の方法を見直すことで排出を大きく減らせる可能性があります。本記事では、カナダ産のアブラナ(カノーラ)、小麦、エンドウ豆のカーボンフットプリントを国際的に比較した最新の論文を取り上げ、こうした例外的な事例をわかりやすく解説していきます。
研究の概要――CFP比較方法の枠組み
この研究では、まずカナダで生産されているアブラナ(カノーラ)、小麦(非デュラム系統)、そしてエンドウ豆の三つの作物を対象としました。そして比較対象として、同じ作物をオーストラリア、フランス、ドイツ、アメリカで生産した場合と照らし合わせています。評価の基準には、国際規格であるISO 14067が用いられており、製品のカーボンフットプリント、つまり生産から出荷に至るまでにどれだけ温室効果ガスを排出するかを統一的な方法で算出しています。評価の範囲は農場から出荷される時点までで、特に大きな要因としては、土壌に貯まる炭素の量が増えたり減ったりする“土壌有機炭素”の変化、圃場から直接発生する一酸化二窒素の排出、そして肥料や燃料などの使用が挙げられます。さらに、輸出シナリオも設定されており、カナダから船やトラックで他国に輸送した場合でも、現地で同じ作物を生産するより低排出にとどまるのかを検証しました。その際の判断材料となるのが「ブレークイーブン距離」という考え方で、輸送をどこまで行っても排出が逆転しないかを示す指標です。
重要なポイントとして、土壌有機炭素の変化は耕起の仕方や作物の輪作、収穫後の残渣の還元、あるいは堆肥の投入といった管理方法によって増えたり減ったりします。そのため国や地域、農業の慣習によって結果が大きく変わります。また、一酸化二窒素の排出は主に施肥の量や時期、そして気候条件に左右されるため、これも地域差が非常に大きい要因といえます。

主な結果――“輸送17回でも低排出”が示す驚きのカナダ優位
カナダ産は生産段階の排出が概ね小さい
カナダで生産された作物は、農場から出荷されるまでの段階において排出される温室効果ガスが全体的に小さい傾向にあります。その主な理由は、圃場から発生する一酸化二窒素と、土壌に貯まる有機炭素の変動です。これらの2つが排出量の大部分を決定しています。土壌有機炭素の変化を計算に含めた場合でも、含めない場合でも、多くの作物ではカナダ産が他国に比べて低排出となりました。ただし例外もあり、アブラナについては土壌有機炭素の効果を考慮しない場合には、乾燥した気候条件のために一酸化二窒素の排出が少なくなるオーストラリア産の方が低排出となるケースが観察されました。
“輸送しても低排出”の範囲が広い
この研究で特に印象的だったのは、カナダから西欧まで輸送した場合でも依然として排出量が低く抑えられているという点です。極端な例では、カナダ産のアブラナやエンドウ豆を西ヨーロッパに運んだ場合に、さらに17回も往復輸送を重ねて初めて現地生産と同じ程度の排出量に達することが示されました。これは地球を3周以上する距離に相当します。また、土壌有機炭素の吸収を含めて評価した輸出ケースでは、輸送による排出の割合は21%から88%の間で変動しました。生産段階が非常に低排出であるほど、輸送の影響が相対的に大きく見えることになりますが、それでも全体としては低い値を維持しています。
品目別に見た排出の内訳
各作物ごとに、どの要素が排出の主要因となっているかを詳細にみると特徴が明らかになります。アブラナ(カノーラ)では、肥料の使用が約35%、圃場からの一酸化二窒素が47%、燃料の使用が7%を占めていました。土壌有機炭素を含めて計算すると総排出量はさらに下がります。小麦では肥料が38%、一酸化二窒素が37%、燃料が8%とされ、土壌有機炭素を含めると全体の排出量が62%も削減されました。エンドウ豆の場合は、一酸化二窒素が62%、燃料が19%、肥料管理が10%を占め、土壌有機炭素を含めると総排出量は実に87%も削減されることが確認されています。
他国との比較(生産段階、土壌有機炭素を含む場合)
他国との比較では、カナダの優位性が数値として鮮明に表れています。特にエンドウ豆においては、カナダの排出量が1キログラムあたり0.03キログラム二酸化炭素換算であるのに対し、フランスでは0.64、ドイツでは1.05と示されました。つまりフランスは約21倍、ドイツは実に34.5倍も高い値となっており、地域によって生産段階での環境負荷がいかに大きく異なるかが浮き彫りになりました。
補足:ここで示した数値はすべて農場から出荷されるまでの生産段階におけるカーボンフットプリントの比較であり、流通や加工、消費の段階は含まれていません。輸出シナリオでは別途輸送分を加算して評価しています。
“フードマイレージ”の再考――地産地消の優位性は
「地元のものを買えば低排出」という一般論は、今も多くの食品カテゴリで有効であり、消費者が環境負荷を減らすための基本的な指針になっています。その理由は、通常フードシステム全体の温室効果ガス排出の大部分が、生産段階、つまり畑や牧場での栽培・飼養の過程から生じており、輸送が占める割合は相対的に小さいことが知られているからです。これまでのメタ分析や主要なレビュー研究でも、生産地から消費地までの距離よりも、生産時の慣行や投入資材の種類の方が排出量を大きく左右することが繰り返し示されています。
ただし、例外が存在することも本研究は明らかにしました。生産条件が極めて有利な作物や地域においては、長距離の輸送による追加排出を加えても、なお現地生産より排出量が小さいというケースが起こり得るのです。これは「フードマイレージ」の考え方を真っ向から否定するものではなく、むしろ補完する知見といえます。つまり、距離の短さが必ずしも絶対的な基準ではなく、生産方法や土地条件、さらには土壌管理や施肥の工夫といった農業の慣行までを含めて総合的に判断する必要がある、ということです。消費者もまた「地元だから安心」と単純に考えるのではなく、その作物がどのように生産され、どのような環境負荷を持っているのかを見極める視点が重要になります。
なぜカナダが“驚くほど低排出”なのか――その仕組みを読み解く
カナダの農業が他国に比べて特に低炭素である背景には、いくつかの重要な農法や環境条件が関わっています。まず大きな要素は、保全耕起や不耕起と呼ばれる方法が広く導入されていることです。これらは畑を深く耕さずに栽培を行う技術で、土壌を大きくかき乱さないため、土壌中に炭素が長く留まりやすくなります。結果として土壌有機炭素の量が純増し、大気中の二酸化炭素を吸収して固定する働きが強化されます。加えて、夏の間に畑を休ませる休閑を減らし、代わりに被覆作物や連作を取り入れることで、土壌に有機物が継続的に供給され、炭素のストックが増加する傾向が見られます。さらに、作物の残渣や堆肥を土に戻すことも積極的に行われており、これらが追加の炭素インプットとして機能し、炭素収支をプラス方向に導いています。
しかし、この効果は永遠に続くわけではありません。土壌が一定の炭素量に達すると、やがて新しい平衡状態に落ち着き、それ以上の炭素吸収は頭打ちになります。つまり、現在カナダで観察されているような大きな吸収効果は、永続的なものではなく、ある期間に限定された現象であるという注意が必要です。しかも同じ保全耕起であっても、地域の気候や土壌条件によって炭素吸収の効果は大きく異なることが報告されています。乾燥地帯と湿潤地帯、あるいは土質の違いによって、得られる成果に差が生じるため、一律に適用することはできません。
加えて、温室効果ガス削減には二酸化炭素だけでなく一酸化二窒素への対策も欠かせません。窒素肥料の投入量や施肥のタイミング、被覆尿素の利用などを工夫することで、一酸化二窒素の発生を抑制することが可能です。これはカナダの農家でも取り組みが進められている分野であり、土壌炭素の増加と並ぶもう一つの柱といえます。また、農機の燃料や生産資材の使用を効率化することも総排出量の低減に直結します。これらの複数の方法を組み合わせてこそ、長期的で安定した低炭素農業が実現できるのです。

調達・政策・ビジネスに向けたヒント――私たちが活かせる4つの方向性
まず、調達の基準に関しては単純に輸送距離だけを指標とするのではなく、生産段階におけるカーボンフットプリントを明記することが重要です。特に、土壌有機炭素の管理や一酸化二窒素の排出削減といった農業慣行の違いを評価軸に取り込むことで、より正確に環境負荷を判断することができます。
次に、原料の原産地を切り替えることによって、即効性のある排出削減が可能になります。例えばパルスと呼ばれる豆類や油糧種子といった作物については、低いカーボンフットプリントで生産されている地域から調達することで、企業や政策において短期間で大きな改善効果を得られます。
さらに、カーボンラベルの導入や算定方法の標準化も重要な取り組みです。ISO 14067といった国際規格に準拠し、透明性のある算定と開示を進めることで、企業間の取引や消費者の選択においても一貫性と信頼性が確保されます。こうした仕組みは市場全体の公平性を高め、持続可能な購買行動を後押しします。
最後に、生産者への支援も欠かせません。保全耕起や適切な施肥方法、収穫後の残渣を土壌に戻すといった取り組みに対して、経済的なインセンティブや政策的な支援を設けることで、土壌炭素の保持と一酸化二窒素排出の抑制を同時に実現できます。これにより農業の持続可能性が高まり、社会全体での排出削減につながっていくのです。
Plant hack|今日から私たちができる小さな4つのアクション
まず、低いカーボンフットプリントで生産された豆類や穀物を選ぶことが挙げられます。もし製品のパッケージやブランドがカーボンフットプリントを数値として開示していれば、その数値を比較してより環境に優しい選択をすることができます。開示されていない場合でも、メーカーに問い合わせをして透明性を求めること自体が行動の一歩になります。こうした取り組みは、消費者の声を通じて市場全体の改善につながっていきます。
次に、食品ロスを減らすことがとても大切です。同じ食材であっても廃棄してしまえば、生産にかかったエネルギーや資源、そして排出された温室効果ガスがすべて無駄になります。まとめ買いをした際は冷凍や保存の工夫をしたり、余った食材をアレンジして別の料理に活かすことで、日常生活の中でロスを最小限にすることができます。小さな工夫が積み重なることで、家庭全体の排出量を着実に減らすことができるのです。
また、食習慣を少し植物性へシフトさせることも効果的です。例えば1日のうち1食分を豆類や穀物に置き換えるだけでも、家庭のカーボンフットプリントは緩やかに下がります。完全な菜食主義になる必要はなく、無理のない範囲で取り入れることが持続可能な実践につながります。身近なメニューを工夫することで、健康面でもプラスになる場合があります。
最後に、“土に良い”商品を意識的に選ぶことも有効です。具体的には、保全耕起や被覆作物の利用、有機残渣を土壌に戻すといった土壌に配慮した農法で生産された食品を応援することです。そうした生産者の商品を選ぶことで、消費者として持続可能な農業を支えることができます。このような購買行動は、農業の未来と地球環境の両方を守るための投票のような役割を果たします。
まとめ
本研究は、一般に広く信じられている「地産地消こそが常に低排出である」という考え方を完全に否定するものではありません。実際に多くの食材では、やはり地元で生産されたものを選ぶ方が輸送距離が短く、結果として環境負荷が少なくなるのは事実です。しかし今回の研究が明らかにしたのは、例外的に長距離輸送を経てもなお現地生産よりも排出量が低いケースが存在するということでした。カナダのように土壌が炭素を吸収しやすく、肥料の使い方や耕起方法が工夫されている地域では、数千キロの輸送を加えても依然として環境に有利であるという逆転現象が起きるのです。これは従来の「近ければ必ず環境に優しい」という常識に新たな視点を加える重要な発見といえるでしょう。
さらに、この知見は世界中の農業に応用できる可能性を秘めています。土壌有機炭素の維持や増加、一酸化二窒素の排出抑制といった工夫は国や地域を問わず共通する課題です。こうした管理を賢く組み合わせれば、グローバルな排出削減の余地はまだ大きく広がります。つまり「どこで作るか」だけでなく「どのように作るか」を重視する姿勢が、これからの農業や食の選択において不可欠になっていくのです。
そして最後に、私たち消費者の役割も軽視できません。スーパーや八百屋で野菜や豆類を手に取るときに、その商品がどの国で、どんな環境で生産されたのかを少し想像してみてください。ラベルや表示を確認したり、生産者の取り組みを知ろうとしたりするだけでも、より良い選択につながります。買い物かごに入れる一つひとつの品物が、未来の農業や地球環境を支える投票になるのです。日常の買い物の場でこそ、私たちの意識と行動が大きな変化を生み出す力を持っています。

追加の参考文献
- Poore, J. et al. “Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers.” Science (2018).
- ISO 14067:2018 “Greenhouse gases — Carbon footprint of products — Requirements and guidelines.”
- Ritchie, H. “You want to reduce the carbon footprint of your food? Focus on what you eat, not whether your food is local.” Our World in Data (2020)
- Li, M. et al. “Global food‑miles account for nearly 20% of total food‑system emissions” Nature Food (2022).
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