ベランダでほぼ放置していたニラを収穫しました。水やり以外はあまり手をかけていませんが、気づけば葉を伸ばし、まな板の上に置くとしっかり「ニラ」の存在感があります。
ただ、切っていると少し気になります。ニラの香りは、どこを切っても同じなのでしょうか。葉先、葉の中央、根元に近い白っぽい部分。見た目も硬さも水分量も違うのであれば、香りも違っていてよいはずです。
ニラ、すなわち Allium tuberosum は、ネギ、ニンニク、タマネギなどと同じ Allium 属の植物です。このグループの大きな特徴は、やはり香りにあります。ニラの強い香りには、硫黄を含む揮発性成分が深く関わっています。Chinese chive の揮発性成分を調べた研究では、揮発成分の中で硫黄化合物が大きな割合を占めることが報告されています[1]。
面白いのは、この香りが「切ること」で立ち上がる点です。植物の細胞が壊れると、もともと分かれて存在していた前駆体や酵素が接触し、香り成分が生じます。Allium 属では、S-alk(en)yl cysteine sulfoxides と呼ばれる含硫アミノ酸誘導体と、それを変換する alliinase 反応系が香味形成の中心として知られています[2]。つまり、包丁でニラを刻むという行為は、料理であると同時に、植物組織を破壊して香気反応を始める操作でもあります。
ニラは部位ごとに香りが違う
では、葉先と根元でニラの香りは変わるのでしょうか。近年の研究では、Chinese chive の葉、偽茎、根など、器官ごとの揮発性成分の分布が解析されています。2024年の Horticulturae 論文では、2品種の Chinese chive を用いて、収穫段階や器官ごとの揮発性有機化合物を HS-SPME/GC-MS で調べています。その結果、商品収穫期では総揮発性成分が「葉 > 偽茎 > 根」の傾向を示し、硫黄含有化合物の分布も生育段階や器官で異なることが示されています[3]。
この結果は、家庭でニラを切るときの感覚ともつながります。葉先は青く、やや草っぽい香りが出やすいかもしれません。葉の中央は、いわゆる典型的なニラ臭が立ちやすい部分です。根元に近い部分は水分が多く、ネギに近い甘さや刺激を感じることがあります。もちろん家庭での嗅覚評価は主観的ですが、「ニラは部位ごとに香りが違う」という観察自体は、ニラの器官ごとに揮発性成分が異なるという研究結果と矛盾しません。
試す方法は簡単です。収穫したニラを、葉先、葉の中央、根元側の3つに分けます。それぞれを同じ長さに切り、切った直後、1分後、加熱後で香りを比べます。生の状態では、細胞破壊による鋭い香りが出ます。少し置くと、揮発成分の立ち方が変わります。加熱すると酵素反応は止まり、一部の揮発性成分は飛び、油や熱によって別の香りが前に出てくる可能性があります。
ニラ料理で切り方が効くのも、このためかもしれません。細かく刻めば細胞破壊が増え、香りは強く出やすくなります。大きめに切れば香りは穏やかで、食感が残ります。ニラだれのように生で使う場合は、切ってから置く時間も香りに影響しそうです。逆に炒め物では、根元側を先に入れ、葉先を後から入れると、食感と香りの出方を分けられるかもしれません。
まな板の上のニラ実験してみてください
ニラは「香りの強い野菜」として一括りにされがちです。しかし実際には、どの部位を、どのように切り、どれくらい置き、どのタイミングで加熱するかによって、香りの出方は変わります。まな板の上のニラは、かなり身近な植物化学の実験材料です。
ベランダでほぼ放置して育った一束のニラにも、Allium 属の香気化学、器官ごとの代謝の違い、そして調理による化学反応が詰まっています。そう考えると、ニラを刻むだけの作業も、少しだけ植物を見る目が変わりませんか。
引用文献
[1] Pino, J. A., Fuentes, V., & Correa, M. T. (2001). Volatile constituents of Chinese chive (Allium tuberosum Rottl. ex Sprengel) and rakkyo (Allium chinense G. Don). Journal of Agricultural and Food Chemistry, 49(3), 1328–1330. DOI: 10.1021/jf9907034
[2] Yoshimoto, N., & Saito, K. (2019). S-Alk(en)ylcysteine sulfoxides in the genus Allium. Phytochemistry, 167, 112078. DOI: 10.1016/j.phytochem.2019.112078
[3] Chen, M., Zhao, C., Xiao, X., Xie, B., Hanif, M., Li, J., Khan, K. S., Lyu, J., & Yu, J. (2024). Distribution Pattern of Volatile Components in Different Organs of Chinese Chives (Allium tuberosum). Horticulturae, 10(11), 1201. DOI: 10.3390/horticulturae10111201
[4] Yabuki, Y., Mukaida, Y., Saito, Y., Oshima, K., Takahashi, T., Muroi, E., Hashimoto, K., & Uda, Y. (2010). Characterisation of volatile sulphur-containing compounds generated in crushed leaves of Chinese chive (Allium tuberosum Rottler). Food Chemistry, 120(2), 343–348. DOI: 10.1016/j.foodchem.2009.11.028

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