地球上で最大かつ最も生物多様性に富んだ生態系の1つであるアマゾン。ここでは未だに新品種が見つかるような手付かずの自然が想像されますが、古代から人類による栽培種化が行われたエリアのようです。 「クプアス(Theobroma grandiflorum)」という木の実をご存知でしょうか?栄養価が高く、南米ではジュースやアイスクリームとして食べることが多く、種子に含まれる良質の油は化粧品に使われたり、チョコレートの原料にもなることがあります。このクプアスはなんと8000年前から人類によって品種改良が行われてきたことが遺伝子を解析することでわかってきました。
Domestication of the Amazonian fruit tree cupuaçu may have stretched over the past 8000 years

近縁野生種との関係の見直し。
クプアス(Theobroma grandiflorum)には近縁野生種としてクプイ(Theobroma. subincanum)があります。クプアスとクプイは似ていますが、クプイのほうが実と種子が小さく、葉が毛状に覆われているという特徴があります。報告では、ブラジル・アマゾン流域の4箇所の地点からクプアスとクプイが採取され、解析されました。遺伝子を解析した結果、これまでクプアスとクプイは親戚のような近縁野生種の関係と考えられていましたが、なんとクプアスはクプイの中の1種のような立ち位置でした。このことから、昔の人類がクプイの中から自分たちにとって都合の良い木(木の生育が良い、実が大きいなど)を選んだりかけ合わせたりしていた可能性があることがわかりました。
栽培種化のもう一つの証拠は多様性の乏しさ。
クプアスがクプイの栽培種である証拠は他にもありました。採取されたすべての地域で、クプアスの遺伝的均一性が確認されました。これは、クプアスが自家受粉を続けて得られた種子を栽培したこと、またクプイと一緒に栽培せずにクプアスだけで栽培したために起こったと考えられます。今回の例に限らず、品種となる植物は「純系化」というような遺伝的多様性を減らし、次世代も同じ形質が出るようなものを取ります。クプアスにおいても、効率の良い栽培や大きな実を得るために純化プロセスが行われたかもしれません。
栽培種化は過去「2回」起きていた。
過去のどのタイミングで栽培化が起こったかは、複数地点のサンプルの突然変異のパターンを解析すると予測できます。クプアスを解析すると、2段階の栽培種化の産物であることがわかりました。最初の段階はヨーロッパによる植民地化よりもずっと前の完新世中期のアマゾン北西部のどこかで発生したと推測されました。これは今から約5000~8000年前の出来事です。2段階目は今から約170年前に起こっており、近代の人口増加による影響と考えられます。 完新世中期の先住民は8500年前から今回の調査区よりも南のリオネグロ盆地に定住していたとされますので、これらの先住民がクプアスを栽培種化したと考えてもおかしくありません。一方で、クプアスの栽培や使用に関する考古学的な証拠は今から約6000~2500年前と言われているため、今回の結果はさらに古い時代からクプアスが栽培されていた可能性を示唆しており、今後の考古学的な研究の材料となるかもしれません。

クプアスの栽培種化はカカオよりも前。
今回報告の結果からクプアスがカカオよりも前に栽培種化されたことを示しています。カカオが最初に果肉として使用されたのは、先住民族社会であった可能性が高く、種子からチョコレートに似た飲料を製造するために栽培種化されたのはその後になってから。クプアスもチョコレートの材料として使用されることから、クプアスの栽培種化の過程でカカオよりも有用な種が得られていたら、今のチョコレートはクプアスで作られていたかもしれません。さらに、今回の研究で興味深いのは、分類学者が別の種として認識するほど、栽培種化の過程でクプアスとクプイの形態学的な特徴が別れてしまったことでしょう。それほど強烈な人為的選択によってできたのが今のクプアスということです。
なにかの拍子で違う世界になっていたかも。
今回の報告をまとめるに当たり、筆者はクプアスの名前の由来が興味深いものでした。クプアスは kupu-「カカオのような」と –uasu「大きい」という意味の組み合わせのようです。そうであれば、クプアスは「カカオに似た植物」という認識で栽培された時期があると考えられますが、実際はカカオよりも前に使用が始まった可能性があると、今回の報告が示唆しています。もしかしたら、カカオが使われる前までは別の名前があり、カカオの有用性が高まったことで名前が変わってしまったのかも、と思ってしまいました。自然界の出来事はダイナミックで、人間の想像を超えてきます。ちょっとしたことの積み重ねで、今の世界が形作られていると感じさせてくれる報告でした。
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