「植えれば冷える」は本当か?──現在のカーボンクレジット市場が見落とす温暖化の多層レイヤー

植物共暮

緑化=冷却? それとも……

森を増やすことは、地球温暖化を止める「善」の象徴のように語られてきました。確かに、植物は光合成によって大気中のCO₂(二酸化炭素)を吸収します。だから「植えれば冷える」と思うのは、直感的に正しそうに聞こえます。

しかし──近年の研究では、この“常識”に静かな修正が入り始めています。実は、緑化が地球を温めてしまうこともあるのです。その鍵を握るのが、アルベド(反射率)と蓄熱。CO₂だけでは説明できない、もう一層の「熱の物理」が存在します。

カーボンクレジットはCO₂だけを見ている

いま世界中で行われている「カーボンクレジット」取引では、森林や草地の再生によってどれだけのCO₂を固定したかが主要な評価軸です。

  • 木が成長して炭素を吸う → 冷却効果
  • その分、クレジット(排出権)として売買される

というシンプルな構図です。

しかし、地球の温度はCO₂濃度だけで決まっているわけではありません。実際には、「どれだけ熱が地表から逃げているか」も同じくらい重要です。そこで見落とされているのが、放熱(radiation)と蓄熱(heat storage)のバランスです。

アルベド──地表の“鏡”が変わると、熱も変わる

アルベドとは、地表が太陽光をどれだけ反射するかを示す値のこと。雪や砂は白くてよく光を跳ね返すため、アルベドが高い(反射率が高い)。一方、森林や海は暗く、光を吸収するためアルベドが低い(反射率が低い)です。

地表タイプアルベド(おおよそ)特徴
雪・氷0.8〜0.9強い反射(冷却)
草地0.2〜0.3中程度
森林0.1〜0.15吸収が多く、暖まりやすい

たとえば、明るい草原を森林に変えると、太陽光の吸収が増えて地表温度が上昇しやすくなります。この反射率の低下(アルベド低下)が、局地的な放熱の抑制=暖化を生むのです。

もう一つの要因──蓄熱と放熱のレイヤー

木々は単に暗いだけではありません。樹冠や湿った土壌は比熱(熱をため込む能力)が高く、

一度温まると夜間に熱を逃しにくい性質があります。また、森林化によって蒸発散(蒸発+植物の呼吸による水分放出)のバランスも変化し、局地的な大気循環にも影響します。

つまり、緑化=蓄熱と放熱の構造変化でもあるのです。これが第二の“熱のレイヤー”です。

最新研究が示す「緑化のパラドックス」

2025年、Nature Communications誌に掲載された論文「Accounting for albedo in carbon market protocols」では、世界172件の森林プロジェクトを解析し、アルベド変化による影響を数値化しました。

結果は衝撃的でした。

  • 約18%のプロジェクトで、炭素吸収効果が過大評価されている
  • 約12%のプロジェクトでは、冷却効果がほぼゼロ(または逆転=暖化)
  • 一方で、約9%は反射率が上がることで追加の冷却効果を持つ

つまり、「木を植えれば冷える」とは限らないのです。地域や植生の違いによって、気候効果の“符号”が逆転する可能性があるのです。

熱の二層構造で見る“真の気候効果”

地球全体の温度変化を決めるのは、「CO₂による放射強制力の変化」と「地表の熱的応答(反射・蓄熱)」の二層構造です。そのため、地域ごとの特性をこの2層構造で考える必要があります。

  • 熱帯:CO₂吸収が優勢 → 冷却効果大
  • 温帯草原:相殺傾向 → 効果中立
  • 乾燥地・雪原:アルベド低下が支配 → 暖化方向に傾く

こうした「地域別の効率差」を考慮しなければ、本当のカーボンバランスは見えてこないのです。

これからの時代:「放射補正付きクレジット」へ

研究者たちは、こうした見落としを補う新しい評価法を提案しています。それが「放射補正付き炭素会計(Radiatively Corrected Carbon Accounting)」。

これは、単純に言えば:

クレジット量 = CO₂吸収量 − アルベド・蓄熱による暖化寄与

という考え方です。これにより、本当に地球を冷やす緑化だけが高く評価されるようになります。たとえば乾燥地ではアルベド低下の影響が大きいため、「植えるより残す」ほうが有効な場合もある。逆に熱帯では、積極的な植林が依然として高い効果を示します。

結論──「地球を冷やす」には、熱の物理を見なければならない

これまでのカーボンクレジットは、炭素の出入りだけを見ていました。しかし実際の地球は、“炭素の世界”と“熱の世界”の二層で動いています。

CO₂を減らすことは大切。でも、それが放熱を減らす形で実施されていないかを確かめることも同じくらい重要。

「植えれば冷える」──そんな単純な時代は終わりつつあります。これからは、どこに・どんな緑を植えるかが問われる時代です。地球を本当に冷やすには、光・熱・炭素のすべてを見通す目が必要なのです。

🔗 参考リンク

  • Nature Communications (2025) “Accounting for albedo in carbon market protocols”
  • NASA Earth Observatory: What is Albedo?
  • IPCC AR6 WG1 Chapter 7: Physical Climate Feedbacks and Albedo Effects

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