重力が強くなると植物はどう変わる?――6〜10 Gでコケの光合成能力が高まる仕組み。

研究

要点

  • コケ(Physcomitrium patens)を1・3・6・10 Gで8週間栽培。
  • 6〜10 Gで、群落全体の光合成量とCO₂の入りやすさが増加。
  • 仕組みは、株数の増加と葉緑体の大型化による「CO₂の受け皿」の拡大。
  • 分子機構の一端としてAP2/ERF転写因子(IBSH1)が関与。

導入:重力が増すと、植物のどこが先に変わるのか

地球より重い世界に植物を置くと、どの仕組みが最初に変わるのか想像できますか。今回紹介する研究は、モデルコケ(Physcomitrium patens)を1・3・6・10 Gで8週間育て、群落(多数の小さな茎葉体=ガメトフォアが集まった「小さな森」)としての光合成の変化を丁寧に追跡しました。重力を段階的に高めると何が起きるかを、“群落全体の光合成量”と“CO₂が葉の中へ入りやすい度合い(拡散のしやすさ)”、形の要素(葉緑体の大きさ・数、株数など)で系統的に評価しています。

Reference:First contact with greater gravity: Moss plants adapted via enhanced photosynthesis mediated by AP2/ERF transcription factors

研究の概要:実験から何が分かったか

高重力栽培の結果は明瞭でした。6 Gと10 Gの条件では、コケの群落はCO₂を取り込みやすい形に変わり、群落全体の光合成が増加しました。具体的には、ガメトフォアの株数が増えることで群落としての葉面積が広がり、各葉の葉緑体が大きくなることで葉緑体の露出面積(CO₂を受け止める“受け皿”)が増えました。一方で、葉緑体の個数や葉の細胞壁の厚さは変わりません。つまり、「数を増やす」のではなく「配置とサイズを見直す」方向に最適化したことになります。

実験結果の要点:どれくらい変わったか

数値でみると、群落の光合成量は+36〜52%、CO₂の入りやすさは+35〜56%と、それぞれ6–10 Gで有意に増えました。3Gでは差が出にくく、6G以上で効果が現れる”しきい値”がみえますね。

群落としての「葉緑体の表面積の合計」が+79〜118%増え(=CO₂の受け皿が拡大)、これがCO₂の取り込みやすさの改善につながり、最終的に光合成の増加へと波及しています。合計が増えた理由は、「株数が増えて群落の葉面積が広がる」+「各葉で葉緑体が大きくなる」の2点で、細胞壁の厚みや葉緑体の個数、1株あたりの葉の面積や枚数は大きくは変わっていません。

なぜ起こるか:遺伝子スイッチと「形の作り替え」

細胞内の分子レベルでは、10 Gで転写因子AP2/ERFの一群が上昇していました。なかでもISSUNBOSHI1(IBSH1)と呼ばれる転写因子は重要です。通常の1G条件で働きを強めてあげると(過剰発現する)、10Gで見られた変化——葉緑体が大きくなり、株数が増え、群落の光合成が上がる——を1Gでも再現できました。逆に、IBSH1の働きを抑える変異体では、10G環境下での反応が弱まります。

「重力の増加 → AP2/ERF(IBSH1)活性化 → 葉緑体サイズ・株数の調整 → CO₂の取り込みやすさ向上 → 光合成増!」

という流れが細胞内で起きており、コケの高重力環境による変化を引き起こしていました。

未解決の点:しきい値・一般性・条件依存

まず、3Gで効果が乏しく6–10 Gで顕著になる「しきい値」の正体は未解明です。4Gではどうなのか、5Gでは?転写制御の感度なのか、組織レベルの形の変化に最低限必要な力学的刺激なのか、今後の検証がまたれます。

また、被子植物への一般化には注意が要ります。たとえば小麦では500〜2000 Gの超高重力で光合成が低下した報告があり、コケの6–10 Gでの増加と対照的です。

さらに、光環境・CO₂濃度・水分など他の環境要因との相互作用、低重力(宇宙・月)との対比マップ化も発展途上です。どこまでが普遍的な原理で、どこからがコケ固有・条件依存なのかは、今後の重要テーマです。

まとめ:本研究の意義と応用可能性、宇宙時代での応用

本研究は、重力という、通常はほぼ一定の因子を変化させると、植物が「葉緑体のサイズ」と「群落の並び(株数)」を調整し、CO₂の取り込みやすさを高めることで光合成を押し上げるという具体的な適応の道筋を示しました。遺伝子レベルのメカニズムも解明されましたが、通常1Gである地球では機能しない経路のため、通常はどのような機能を示すのか疑問も残ります。

応用として、IBSH1のような転写因子を手がかりに、私達が普段から食している作物の葉緑体の露出面積や群落の構成を調整し、CO₂の受け皿を増やして光合成を底上げする可能性が考えられますね。また、近い将来人類は高重力の星に移住するかも。そのときは、このような研究が基本となり、低重力の宇宙栽培と高重力での最適化が、新天地での人類反映の礎となるかもしれません。ロマンがありますね!

用語メモ

  • G(ジー) 重力加速度の倍率を示す記号。1 G=地球の重力、10 G=その10倍。重さ(質量)そのものではなく、かかる加速度(体感する重さ)の倍率を表します。
  • 群落(カノピー) 多数の個体が集まった“ひとまとまりのコロニー”。本記事では、コケの小さな茎葉体(ガメトフォア)が集まった単位を指します。群落全体の光合成は、このまとまり全体でのCO₂取り込み量のこと。
  • ガメトフォア(gametophore) コケの茎葉体(目に見える小さな“株”)。株数が増えると、群落としての有効な葉面積が広がります。
  • 光合成量(群落全体) 群落という単位で測ったCO₂取り込み量(速度)。一枚の葉や一個体ではなく、コロニー全体の実効的な働きを評価します。
  • CO₂の入りやすさ(拡散のしやすさ) CO₂が空気→葉の内部→葉緑体へ届くまでの通りやすさ。研究では群落スケールでの拡散のしやすさとして扱われ、数値が大きいほどCO₂が到達しやすい状態を示します。
  • 葉緑体の露出面積(=CO₂の“受け皿”) 群落全体で見た葉緑体表面の“総量”をイメージした用語。葉緑体が大きくなる・株数が増えて葉が増えることで、この“受け皿”が拡大し、CO₂を受け止めやすくなります。 ※「露出」は比喩で、実際には細胞壁〜葉緑体膜を経てCO₂が到達します。
  • 葉緑体サイズ/葉緑体数 本研究ではサイズが増え、数は大きく変化しないという整理。サイズ増は受け皿拡大に直結します。
  • 細胞壁の厚さ 今回の条件(6〜10 G)では大きな変化なし。CO₂の通り道をふさがないことが、光合成増に寄与します。
  • しきい値(threshold) 3 Gでは効果が目立たず、6〜10 Gで顕著になったことから示唆される反応の境目。どの段階(遺伝子制御/形態変化)にしきいがあるかは未解明。
  • AP2/ERF転写因子ファミリー 植物で広く見られる遺伝子スイッチ群。成長・ストレス応答・代謝などを調整します。本研究では10 Gで複数が上昇。
  • IBSH1(ISSUNBOSHI1) 本研究で鍵となったAP2/ERF系の転写因子。1 GでもIBSH1を強く働かせると、10 Gで見られた「葉緑体大型化・株数増・群落光合成増」が再現され、逆に抑えると10 Gでの増強が鈍化しました。
  • 高重力/低重力 高重力=1 Gより大きい(本記事では6〜10 G)。低重力=1 Gより小さい(月や宇宙環境など)。超高重力という語は、回転遠心で作る数百〜数千Gの領域を指すことが多いです。
  • モデルコケ Physcomitrium patens 植物研究で広く使われるモデル生物。旧名 Physcomitrella patens と表記される場合もあります。

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