導入——窒素効率と米の未来
世界人口の半数以上が主食としているイネは、同時に窒素肥料への依存度が極めて高い作物でもあります。窒素肥料は生産性を支える一方で、投入された窒素の半分以上が利用されずに流亡し、地下水汚染や温室効果ガス(一酸化二窒素、N₂O)排出の要因となっています。特に日本や東アジアで栽培されるジャポニカ米は、窒素利用効率(NUE: Nitrogen Use Efficiency)が低い傾向にあり、農家にとってはコストの増大、社会にとっては環境負荷の増加を意味します。一方で、熱帯・亜熱帯で広く栽培されるインディカ米は比較的NUEが高いことが知られています。2025年8月に発表された最新研究は、このジャポニカとインディカの差を生み出す「遺伝的スイッチ」を明らかにしました。それが転写因子OsNLP4の自然変異です。この成果は、持続可能な食料生産と環境負荷低減の両立に直結する知見であり、農業科学と社会の交点に立つ重要なブレークスルーといえます。
Reference: Jie Wu et al., Nature variations of OsNLP4 responsible for nitrogen use efficiency divergence in the two rice subspecies (Nature Communications, 2025)
研究背景——亜種間のNUE格差と既知の分子基盤
イネの窒素利用効率(NUE)は一般に40%未満とされ、投入窒素の相当部分が硝酸の流亡やN₂O排出として環境へ失われます。NUEは大きく「吸収効率(根がどれだけNを取り込めるか)」と「利用効率(取り込んだNをどれだけ穀粒生産に振り向けられるか)」に分解でき、現場の改良は多くの場合、この二要素のどちらか一方に寄った対症療法になりがちでした。栽培史・生態環境の違いを反映して、熱帯・亜熱帯に適応してきたインディカは、温帯に広がったジャポニカよりも低投入条件でNを有効利用しやすい傾向があることが圃場観察や遺伝学研究から繰り返し示されています。
従来研究は、その格差が吸収や同化経路の差に由来することを具体的遺伝子で説明してきました。例えば、硝酸トランスポーター OsNRT1.1B(NPF6.5)は根での硝酸取り込みとシグナル伝達を担い、そのインディカ型アレルはジャポニカに導入すると根系の硝酸応答とN吸収を高めます。さらに、硝酸還元酵素 OsNR2のインディカ型は硝酸から亜硝酸への還元フラックスを押し上げ、OsNRT1.1Bと“吸収×同化”の前線で相乗的に働くことが報告されています。こうした改良は、比喩的に言えば「末端の処理能力」を拡張するアプローチで、一定の成果を上げてきました。
しかし、窒素応答は単一の輸送体・酵素で完結するものではありません。環境中のNの存在を感知し、転写レベルで多数のターゲット遺伝子群(輸送、同化、再配分、成長制御)を同時に立ち上げる“司令塔”が上流に存在します。それがNIN-LIKE PROTEIN(NLP)ファミリーであり、植物ではNRE(nitrate-responsive element)上流配列に結合して広域なN応答ネットワークを駆動します。本研究が焦点を当てたOsNLP4はまさにその要となる転写因子で、上流制御の自然変異を読み解くことは、ジャポニカ米の慢性的なNUE低さを“根っこ”から説明し、従来の末端強化だけでは到達できない改良余地を可視化するうえで決定的に重要です。
方法——大規模データからフィールド試験まで
研究チームは、3000系統規模の遺伝資源を解析し、OsNLP4 のコード領域に3つのSNPが存在し、これがインディカ型とジャポニカ型を明確に分けることを見出しました。ここでいうミスセンス変異はアミノ酸置換を伴いタンパク質機能に影響し得る一方、同義変異は配列変化があってもアミノ酸は変わらないため通常は機能影響が小さいと解されます。著者らは、これらの変異の組み合わせ(ハプロタイプ)に着目することで、連鎖する周辺変異の影響を相対的に切り離しつつ、OsNLP4 自体の寄与を評価しています。
さらに、インディカ型の OsNLP4 をジャポニカのエリート品種 XS134 に導入し、近同質遺伝子系統(NIL)を作成。NIL は背景遺伝子をほぼ同一に揃え、標的座位(ここでは OsNLP4)だけを置換する手法で、表現型差を特定座位の効果として解釈しやすくします。圃場試験は複数年・複数地域で行われ、低窒素から高窒素条件まで施肥勾配を設定し、収量や地上部バイオマス、窒素吸収量などの指標を一貫したスキームで評価しています。こうした多環境試験は、遺伝子×環境(G×E)相互作用の影響を平均化または検出するために不可欠で、結果の再現性と汎用性を高めます。
分子レベルでは、OsNLP4 が 窒素応答シスエレメント(NRE) にどの程度結合するか、また結合に伴って下流遺伝子群の転写活性がどのように変化するかを調べ、窒素輸送・同化・再配分に関連する広域ネットワークの立ち上げに関与することを示しています。あわせて、鉄(Fe)代謝とのクロストークを解析し、窒素応答と微量元素恒常性が機能的に結びつく可能性—すなわち N と Fe のバランスが生育や収量の最適点を左右する—を支持するデータを提示しています。加えて、モデル植物シロイヌナズナにインディカ型 OsNLP4 を導入する異種発現実験も行い、系統の異なる植物でも上流制御のロジックが作動しうることを示しており、作物種を越えた保存性の検証として位置づけられます。
結果——OsNLP4による収量・NUE改善と鉄との相乗効果
導入した NIL 系統は、対照品種と比べて 収量とNUEが12〜25%向上しました。この“向上”は、低N〜慣行Nの幅広い施肥条件で再現され、投入N当たりの穀粒生産性(NUE)だけでなく、吸収効率と利用効率の双方の寄与によって説明されます。収量構成要素の一部(例えば分げつの維持や穂の充実度など)が改善し、少肥条件下でも性能が落ちにくい点が特徴です。さらに窒素と鉄を同時に施肥することで、NUEは30〜32%に達し、N単独の増量では到達し得ない上積みが得られました。鉄は硝酸還元酵素をはじめ多くの酸化還元酵素の補因子であり、葉緑体での電子伝達やクロロフィル代謝にも関わるため、N応答の上流(OsNLP4)と下流(輸送・同化)の双方を“流れよく”接続する役割を果たすと解釈できます。
分子実験では、インディカ型 OsNLP4 は NRE への結合能が高く、窒素輸送・同化・再配分に関わる遺伝子群に加えて、鉄取り込みや鉄恒常性の調節に関わる遺伝子発現も押し上げることが確認されました。これは、養分シグナルのハブとしてOsNLP4が栄養バランスに応じた転写プログラムを広域に切り替える“上流スイッチ”として機能していることを示唆します。また、シロイヌナズナでも地上部バイオマスが約23%増加し、単子葉であるイネ以外の植物種にも効果が及ぶ可能性が明確になりました。すなわち、窒素応答の調節ロジックは単子葉植物と双子葉植物にまたがって保存的であり、作物横断の改良標的としてOsNLP4を位置づけうる、という点は今回の重要な発見です。

考察——変異型OsNLP4の発見がなぜ重要なのか
本研究の意義は三つに要約できます。
第一に、インディカ型 OsNLP4 はジャポニカではまだ使われていない有用な“遺伝子の型(バリエーション)”であり、マーカー選抜を使った戻し交配(MABC)や、狙った文字を置き換えるタイプのゲノム編集(ベースエディティング)でアミノ酸が置き換わる変化を再現することで、比較的導入しやすいといえます。既報の OsNRT1.1B や OsNR2 と組み合わせれば、吸収—同化—上流制御を一体として最適化できます。
第二に、N×Fe の同時最適化が NUE 改善の要点であることです。Fe は硝酸還元や光合成の補因子として N 代謝を下支えします。土壌 pH・有機物量・用水中の Fe 濃度を踏まえ、分げつ〜幼穂形成期に N と Fe を同調供給すると効果が高まります。一方で Fe の過剰は拮抗や活性酸素の増加を招く可能性があるため、圃場条件に合わせた用量設計が不可欠です。
第三に、他作物への展開可能性です。NLP 系の上流制御は広く保存的であり、小麦やトウモロコシでも有効化が期待できます。種特異的なプロモーター選択や発現量の調整、規制・知財・品質面の管理を前提に、G×M(遺伝子×マネジメント)の最適化で実装していくことが現実的です。この視点は先日紹介したカナダ産農作物の低カーボンフットプリントと軸を同じくし、環境負荷低減と食料生産の両立に資すると考えられますね。
Plant hack的視点——現実社会と農業への応用
この論文が示した OsNLP4 の効果は、現実社会では二つの実装ルートにつながります。ひとつは「育種」です。インディカ型 OsNLP4 を組み込んだジャポニカ品種を用いると、同じ施肥でも収量や窒素利用効率(NUE)が上がりやすく、少肥条件でもパフォーマンスが落ちにくくなります。そして、もうひとつは「低肥料栽培」です。OsNLP4 は窒素応答とともに鉄(Fe)関連の遺伝子群も活性化しますので、N と Fe を同調させた効率の良い施肥が理にかないます。
この二つを合わせると、農家にとっては、同等収量で投入窒素を減らす余地が生まれ、肥料費や作業負担の低減が期待できます。加えて、肥料価格の変動や供給不足に対する不安が緩和できます。地域社会にとっては、硝酸の流出や温室効果ガス(N₂O)排出の低減につながり、水質保全と気候負荷低減という公益的な効果が見込めます。
まとめ——OsNLP4の活用=持続可能な農業への道
インディカ型OsNLP4の自然変異は、イネの二大亜種における窒素利用効率(NUE)の差を説明する分子的基盤を提供しました。この発見は、ジャポニカ米の省肥料育種を現実的な選択肢にし、同時に窒素と鉄(Fe)を調和させた施肥設計という“収量と環境対策”を同時に後押しできます。同じ収量をより少ない窒素で達成できる田畑が増える可能性があり、これは農家にとっては費用と作業の軽減であり、地域にとっては地下水の硝酸汚染や温室効果ガス(N₂O)排出の抑制につながります。
少肥で高収量を実現する農業は、気候変動の時代に食の安全保障を支える現実的な道筋です。OsNLP4 は“種”と“施肥”の両輪を結び、田んぼの一枚一枚で起こせる小さな改善を提供するように見えて、実は社会全体の大きな変化へとつなげていきます。研究の次のステップは、各地域の主力品種への導入と、N×Fe のきめ細かな運用の最適化です。政策や支援がこれに連動しますと、食料生産、環境保全、農家の収益性の三方良しの社会が見えてくるのではないでしょうか。
今後の展開が楽しみな研究です。最新の成果を追いかけていきましょう。

参考文献(オープンアクセス中心)
- Jie Wu et al., Nature variations of OsNLP4 responsible for nitrogen use efficiency divergence in the two rice subspecies, Nature Communications, 2025.
- Hu et al., Variation in NRT1.1B contributes to nitrate-use divergence between rice subspecies, Nature Genetics, 2015.
- Gao et al., The indica nitrate reductase gene OsNR2 allele enhances rice yield potential and nitrogen use efficiency, Nature Communications, 2019.
- Song et al., Balanced nitrogen–iron sufficiency boosts grain yield and nitrogen use efficiency by promoting tillering, Molecular Plant, 2023.
- Wang et al., Rice NIN-LIKE PROTEIN 4 plays a pivotal role in nitrogen use efficiency, Plant Biotechnology Journal, 2021.
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