雪の表面が赤くなる現象をご存知ですか?これは雪の上という極限環境で生育する藻類が要因で発生します。雪上で成長する藻類、特にSanguina nivaloidesという種に関する最近の研究を紹介します。この種の特異性とその生態系への影響に焦点を当てた内容です。
Adaptive traits of cysts of the snow alga Sanguina nivaloides unveiled by 3D subcellular imaging
Sanguina nivaloidesとは?
紹介する研究では、この種特有のシスト(休眠細胞)の適応特性に焦点を当てています。研究チームは、光学イメージング、X線断層撮影、物理化学的特性評価を組み合わせて、藻類の細胞を「その場」で分析しました。なぜその場で分析るするかというと、この藻類を実験室で培養できないからです(難培養性生物と言います)。この分析によって、S. nivaloidesのシストが雪の環境に長期間存在するためのユニークな適応特性を明らかにすることができました。
どんなことを調べたの?
この研究では、Sanguina nivaloidesのシストがどのように雪の環境に適応しているかが明らかになりました。フランス・アルプスに位置するバロン・ロッシュ・ノワールでサンプルが採取されました。採取された雪の導電性とpH値の測定から、この藻類が生育する環境が調査されました。その結果、凍っているように見える雪も、一部では液体水で存在しているとされ、その点が藻類の生存に重要であるとされています。当たり前と思っていた環境も、ミクロの世界では違う形態を取っていて面白いです。 また、X線断層撮影を利用して、氷粒や塵の粒子、そしてシストのクラスターが視覚化されました。これらのシストは、氷粒の周辺や粒子間の境界で観察され、中心部では見られませんでした。おそらく、氷粒の表面にわずかにある液体水中で生育しているのかもしれません。
藻類なので当たり前だけど、光合成をしている。
Sanguina nivaloidesのシストは、新鮮に採取された際に光合成活動を行っていることが確認されました。CO2の固定能を評価するための指標(光化学系IIの光化学量子収量)を測定したところ、しっかりと光合成していることがわかりました。そして、これは光の強いところでは機能が低下することがわかりました。その理由はこの藻類が雪の下の「薄明るい場所」での生育を常としているからと考えられます。 さらに、研究チームは、-5°Cで凍結した後のシストの光合成能が変化することを確認しました。流石に液体が凍ってしまう様な条件下では光合成が難しくなるようです。一方で、+4°Cで12ヶ月間暗所で保存されたシストでは、光合成能が依然として測定可能であり、光合成機構が活動的な状態を維持していることが示されました。雪は冷たいものですが、適度な空間的な緩衝作用があるため、断熱性があります。そのため、雪の表面などの氷点下の環境であれば、藻類が生存することは難しいですが、雪の下など適度な温度(凍らないけど冷たい温度)に保たれる場所であればこの藻類が行きていける場所となるそうです。なんて過酷な場所で生きていくことを選んだのでしょうね笑。
乏しい栄養を得るため、独自の代謝系を進化させた。
雪の下のような環境は、見ての通り養分が少ない環境です。Sanguina nivaloidesのシストは、リンが不足している環境に対応するために独特の脂質代謝を持つようです。リン欠乏条件下では、トリアシルグリセロール(TAG)が蓄積します。これは他の生物でも見られる栄養不足条件下の反応です。また、光合成膜からのリン酸化脂質、特にホスファチジルグリセロール(PG)が減少し、硫酸キノボシンダイゲニン(SQDG)に置換されることが観察されました。非プラスチド性リン脂質(通常はPEおよびPC)も加水分解され、リンを含まない脂質、例えばDGTSやDGDGに置き換えられる傾向がありました。難しく書きましたが、リンが足りなので、その他の物で代替しているということです。無いものは無いので、あるものを使って生きているのですね!
今回紹介した藻類、Sanguina nivaloidesが、いかに極端な環境で生き残り、繁殖しているかが分かったっと思います。この特殊な適応機構は、極限環境における生命の進化と維持に関する新しい知見です。この知識がすぐに私達の生活に応用されるわけではありませんが、新しい成分、代謝が見つかれば、新たな解決策をもたらしてくれるかもしれません。基礎研究は大切です。
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