竹×環境修復=新たなグリーンインフラの可能性

研究

私たちが普段目にする竹林。その代表格とも言える「モウソウチク(Phyllostachys edulis)」が、じつは環境修復の切り札になるかもしれないことをご存じでしょうか?2025年6月に発表された研究によれば、モウソウチクは鉛(Pb)に対して非常に高い耐性を持ち、しかもその鉛を根や葉に効率よく蓄積する能力があることが分かってきました。

鉛は、古いインフラ、鉱山跡地、交通量の多い道路沿い、さらには農薬や汚水由来で土壌に残留することが多い重金属で、環境と人体に対して極めて有害です。特に都市部では、目に見えない形で鉛が堆積しているケースも少なくなく、長期的には子どもの健康被害や食物連鎖への影響も懸念されます。

これまで、鉛汚染土壌の修復には、重機による掘削・処理や化学的安定化などが用いられてきましたが、コストや手間、安全性の点で課題が多くありました。そこで注目されているのが「バイオレメディエーション(生物修復)」です。中でも、成長が早く、維持管理のしやすい植物を用いた手法は、環境負荷も少なく、費用対効果にも優れていると期待されています。

今回紹介する論文では、モウソウチクを用いた環境修復、特に鉛汚染への適応性と機構にフォーカスが当てられています。これは単なる実験室の話ではなく、フィールド応用に向けた第一歩として注目すべき成果と言えるでしょう。

引用文献:Physiological and Transcriptomic Insights into Lead Uptake and Tolerance in Moso Bamboo (Phyllostachys edulis) Highlight Its Strong Lead Tolerance Capacity

研究が明かした“3重の防御戦略”とは

研究では、モウソウチクに対してさまざまな濃度の鉛を18日間与えるという実験が行われ、その生理的・分子生物学的反応が詳細に解析されました。得られた結果は非常に興味深く、モウソウチクが高濃度の鉛環境下でも地上部の成長や光合成機能(PSII活性など)を維持できることが明らかになりました。

具体的には、鉛50μMという高濃度処理においても、根はやや生育が抑制されるものの、地上部(茎や葉)の成長は大きく阻害されず、光合成活性の指標であるFv/Fm値もほぼ一定を保っていたのです。これにより、モウソウチクが鉛に対して驚異的な耐性を備えていることが裏付けられました。

さらに、この耐性の仕組みとして以下の3点が解明されました:

  1. 鉛の選択的吸収抑制: ZIPファミリーやIRT2などの金属輸送体の発現が抑制されることで、鉛の過剰な吸収が防がれている。
  2. 細胞内への鉛の隔離: PeVIT2やPeMTP1といった液胞膜輸送体の発現が上昇し、吸収された鉛を細胞の安全な場所に隔離。
  3. 細胞壁の強化による鉛の固定化: セルロース合成酵素やペクチン合成酵素の発現が増加し、細胞壁が厚くなって鉛を外部に封じ込める構造的防御。

これら三重の機構が統合的に機能することで、モウソウチクは鉛という有害物質に対して高い適応性を示すのです。

なぜ地上部に影響が少ないのか

植物が有害物質にさらされた場合、一般的には葉のクロロシス(黄化)や成長の抑制、さらには枯死が観察されます。ところがモウソウチクは、かなり高濃度の鉛にさらされても、見た目にも大きな変化がなく成長を続けます。

この秘密は、鉛の「分布」にあります。ICP-MSによる測定では、鉛は主に根に蓄積し、葉や茎への移行が限定的であることが確認されました。特に、葉の中でも古い葉に鉛が集中し、新しい葉にはほとんど移行していない点が特筆すべきポイントです。

このような分布パターンは、鉛が食物連鎖に入りにくくする生態的利点を持ちます。例えば、竹の子など食用部位には鉛が届きにくいという示唆もあり、食品安全の観点からも重要な知見です。さらに、Pb局在観察では、根のペリサイクルや表皮細胞にPbが集中していることが示されており、これも地上部への移行制限に一役買っていると考えられます。

食用部への安全性と栽培上の利点

竹といえば春の味覚「筍(たけのこ)」が有名ですが、鉛が主に根や古い葉に蓄積し、若い部分には移行しにくいという本研究の結果は、食用利用における安全性の裏付けにもつながります。特に、筍は地下部に形成される幼若器官であり、鉛の移行は極めて限定的であることが推察されます。

これは、汚染リスクのある地域でも「収穫部位の選別を適切に行えば、安全な作物として栽培できる可能性」を意味します。また、竹は短期間で成長し、筍の収穫も年1回確実に行えるため、低投入・高収量作物として農業的価値も高くなります。

将来的には、都市近郊の休耕地や緩やかに汚染された農地において、環境修復と食料生産を両立する多機能植物としての活用が期待されます。

このような「局所隔離」と「分配抑制」によって、モウソウチクは自らを守ると同時に、鉛を効率的に引き受け、蓄積する「バイオフィルター」として機能するのです。

使える場所:鉛汚染地、都市、鉱山跡地…

この研究成果が現実世界にどのように役立つのか?それこそが最も重要な視点です。実際、鉛汚染の課題は農地や森林にとどまらず、都市や産業エリアなど広範に広がっています。

例えば、道路沿いの旧車道や鉛含有ペイントを使用していた建物跡地、あるいはかつて鉱山だった土地などは、鉛による土壌汚染が報告されているエリアです。こうした場所に、モウソウチクを導入すれば、

  • 維持管理コストの低い緑化が可能
  • 環境中の鉛を徐々に吸収・固定化
  • 緑の景観を保ちながら修復が進行

という「一石三鳥」の効果が期待できます。

また、都市の緑地空間や公園整備においても、単なる観賞用植物としてではなく、「環境保全機能を備えたインフラ」として竹を位置付けることで、都市設計における新たなグリーンインフラの指標となり得ます。

これからの環境回復に、竹が活躍するかもしれない理由

環境修復を考えるとき、従来はコスト・技術・インフラが必要不可欠なものとされてきました。しかし、植物という「自己増殖型・環境適応型」のリソースを活用することで、まったく新しいアプローチが可能になります。

モウソウチクは、

  • 成長速度が非常に速く、毎年収穫可能
  • 土壌を安定化させる根系を持つ
  • 複数の重金属にも耐性を示す可能性がある

という特徴を持ち、他の植物では代替しにくい強みを有しています。これを活かせば、公共事業や民間開発においても、「植えるだけで環境回復が始まる」という未来が見えてきます。

今後は、より多様な土壌条件や金属汚染(カドミウム、亜鉛、銅など)への応答性、さらには他植物との組み合わせによる相乗効果など、フィールドでの実証研究が期待されます。また、輸送体遺伝子や細胞壁遺伝子をマーカーとして利用した選抜・改良も、分子育種の観点から有望です。

身近な竹が、じつは未来の都市や農地、環境インフラを支える主役になるかもしれない——この論文が示したのは、そんな新しい可能性への扉なのです。

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