電気刺激を介して植物を強化する。植物防御のハブタンパク質HY5の新しい機能を解明

研究

光と電気が交差する植物防御

植物は動けない存在ですが、その代わりに精緻なシグナル伝達網を駆使して外敵に立ち向かいます。これまでの研究では「光応答」や「電気シグナル」といった要素が個別に調べられてきました。しかし、葉と根をつなぐ全身的な防御システムがどのように統合されているのかについては、長らく大きな謎のままでした。

今回紹介する論文では、その鍵を握る分子として”HY5”を明らかにしました。HY5はもともとは光シグナル伝達で知られる転写因子です。しかし、外敵から攻撃された植物を調査すると、HY5は葉と根の防御を一体化するハブとして機能する、免疫にとって非常に重要なタンパク質であることが再提示されていました。

Refarence: HY5 integrates light and electrical signaling to trigger a jasmonate burst for nematode defense in tomato

HY5の機能解析の方法・解析の工夫

研究チームは、トマトと線虫の感染系を用いて実験を行いました。

  • 電気信号の測定:根に線虫を感染させ、茎の表面電位を電極で記録しました。
  • 遺伝子改変株の利用:HY5欠損株やGLR3.5欠損株を用い、それぞれの役割を比較しました。 ※GLR3.5:カルシウムイオンを輸送して電気刺激を開始する重要な遺伝子。
  • 移動性の検証:HY5タンパク質にタグを付け、葉から根への移行を可視化しました。
  • 分子相互作用解析:カルモジュリン(CaM2, カルシウムセンサー)とHY5の結合を、変異株やプロモーターアッセイで確認しました。 ※カルモジュリン:電気刺激は最終的にCaイオンの移動として植物細胞内のシグナルとなるため、それを仲介するカルモジュリンは重要な遺伝子。

これにより、電気刺激と転写因子の働きを同時に追跡することが可能となりました。従来は切り離されて研究されてきた「電気刺激」と「転写」を一体的に捉えた点が、この研究の新しさでもありました。

結果と考察:転写因子HY5は二重の顔を持つハブ的タンパク

試験から得られた結果は明快でした。

  1. 根からの電気シグナルが葉のHY5を刺激しました。線虫感染により根で発生したカルシウム依存の電気信号は、GLR3.5を介して葉に伝わり、葉のHY5を活性化させました。
  2. HY5がジャスモン酸バーストを引き起こすことが確認されました。葉でHY5がJA合成遺伝子群を誘導し、防御応答が一気に立ち上がりました。
  3. CaM2によるHY5活性化のブーストが観察されました。葉のカルシウム放出によりCaM2が活性化し、HY5と結合して転写活性をさらに強化しました。
  4. ブーストされたHY5は根へ移動してGLR3.5を誘導しました。HY5自身が葉から根へ移動し、根でGLR3.5の発現を上げることで電気シグナルがさらに通りやすくなり、防御ループが強化されたのです。

総合すると、HY5は1つの機能をもたらす単なる転写因子ではなく、

  • 葉で防御ホルモンの合成経路を”ON”にする司令官であり、
  • 根で救難信号を伝える”電気回路”を強化するエンジニア としての二役をこなす免疫機能におけるハブとして機能していることが示されました。この二重の役割が、植物全身にわたる効率的で持続的な防御を可能にしているのです。
https://www.nature.com/articles/s41467-025-63779-3

まとめ:HY5は防御システムの統合ハブ

本研究は、植物が光と電気という異なる性質のシグナルを一つの分子(HY5)で統合することを明らかにしました。これにより、局所的な感染刺激が全身の防御応答へと瞬時に変換される仕組みが浮き彫りになったのです。

論文はHY5を「光と電気を結ぶシステム的シグナルのハブ」と位置づけています。記事として表現するなら、HY5は防御の司令官であり、同時に電線をつなぎ直す技師──つまり 二役をこなすタンパク質 と言えるでしょう。

今後は、この仕組みを応用して「光条件の制御」や「HY5関連因子の改変」によって、作物の耐病性やストレス耐性を高める技術につながる可能性があります。

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