エタノールでトマトが熱に強くなる――新たな農業戦略

研究

温暖化時代の“静かな脅威”・熱ストレス

地球温暖化の影響で、これまで温暖な気候ではなかった地域でも猛暑日が常態化し、農作物への熱ストレスが深刻な問題となっています。熱ストレスは光合成の低下、細胞膜の損傷、花や果実の形成不良を引き起こし、最終的には収量の大幅な減少を招きます。国連食糧農業機関(FAO)も、気温上昇による農業被害が今後数十年で急拡大すると警鐘を鳴らしています。こうした中、身近な化学物質を用いて作物の熱耐性を高める手法が注目されています。

Reference: エタノールがトマトの高温耐性を高めることを発見

理研が発見した“エタノール効果”

2024年2月、理化学研究所(理研)は「エタノール散布がトマトの葉の成長と収量を熱ダメージから守る」という研究成果を発表しました【理研, 2024】。研究に用いられたのは、実験用の小型品種「マイクロトム」。苗に0.12%という低濃度のエタノール水溶液を前処理し、その後に高温環境へ曝露。生存率、成長速度、果実収量に加え、遺伝子発現や代謝物の変化も解析しました。

遺伝子と代謝の両面で“熱耐性スイッチ”がONに

結果は驚くべきものでした。エタノール処理を行ったトマトは、高温下でも生存率が有意に高まり、果実収量も増加。さらに遺伝子解析では、熱ショックタンパク質(HSP)や抗酸化関連遺伝子が通常より早く、かつ強く発現していました。代謝プロファイルの変化も確認され、エタノールが単なる燃料や殺菌剤ではなく、“化学的プライマー”として植物の防御システムを事前に活性化する可能性が示されました。

なぜエタノールが効くのか?

エタノールは揮発性が高く、植物細胞内外の膜流動性や酸化還元状態に影響を与えることが知られています。今回の研究では、こうした微細な環境変化がストレス応答経路を刺激し、“予防接種”のように耐性を準備させていると考えられます。実験濃度は飲料用アルコールよりはるかに低く、植物に毒性を与えるレベルではありません。この低濃度設計が、農業現場での応用可能性を広げます。

農業とビジネスへの応用展望

この成果は、温暖化に適応するための低コスト農業資材の開発につながる可能性があります。例えば、既存の防除スプレーや葉面散布肥料にエタノールを配合し、同時に害虫・病原菌対策と熱耐性付与を実現できるかもしれません。さらに、エタノールは糖質発酵から容易に生産できるため、地域資源を活用した循環型農業にも親和性があります。ただし、酒税法や農薬取締法など国や地域ごとの法規制が関わるため、商業化には法的な検討が不可欠です。

“キッチンのアルコール”が食料安全保障を救う日

エタノールはこれまで燃料、消毒、化学原料として利用されてきましたが、今回の研究はその用途を“作物の健康を守るツール”へと拡張しました。温暖化が加速する中、こうした低コストかつ持続可能な技術は、世界の食料安全保障に大きなインパクトを与え得ます。今後はトマト以外の作物や圃場規模での検証が進むことで、家庭菜園から商業農場まで幅広く恩恵をもたらす可能性があります。次に市場で話題になる“農業イノベーション”は、もしかしたらあなたの台所にあるあの液体かもしれません。

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