キクは、日本では仏花や伝統園芸のイメージが強い一方、世界の切り花市場でも非常に重要な植物です。
では、現在の栽培ギク Chrysanthemum × morifolium は、どの野生種から、どの地域を経て、どのように現在の多様な姿になったのでしょうか。
2026年8月21日、Nature Plants に、現代の栽培ギクの起源と栽培化を六倍体ゲノムから追跡した大規模研究が報告されました。
この研究の面白さは、単に「祖先はこの種だった」と一つに決めたことではありません。むしろ、中国と日本の複数の野生遺伝資源が入り混じり、各地で交雑と選抜を繰り返しながら、現代の栽培ギクが作られてきたという複雑な歴史を、六倍体ゲノムとしてかなり具体的に描き出した点にあります。
まず難題は「六倍体」だった
栽培ギクは六倍体で、染色体数は 2n = 6x = 54 です。
二倍体植物なら、基本的には同じ染色体を2セット持ちます。ところが栽培ギクでは6セットあります。今回の研究では、切り花品種「Jinba」について、6つのハプロタイプを分けて再構築したゲノムが作られました。
これは育種やゲノム解析にとって非常に重要です。
六倍体では、同じ遺伝子座について複数のコピーやアレルが存在し、その組み合わせとコピー数、つまりallele dosageが表現型に影響する可能性があります。過去の大規模SNP解析でも、栽培ギクではゲノム全体にわたって hexasomic inheritance(六染色体的な遺伝) を支持する証拠が示されています。
そのため、キクの育種を「遺伝子Aが赤、aが白」といった単純な二倍体モデルだけで理解するのは難しいのです。
147系統から見えた、複雑な家系図
研究チームは、野生系統と栽培系統を合わせた147のコアアクセッションについて、ゲノムワイドな変異地図を構築しました。
その結果、現在のキクは4つの野生グループと4つの栽培グループに整理され、グループ間にはかなり複雑な遺伝子流動が存在することが分かりました。
重要なのは、現代の栽培ギクが一つの野生祖先から直線的に生まれたわけではないことです。
研究では、中国と日本の双方の野生遺伝資源が現代品種の形成に大きく寄与しており、Chrysanthemum indicum が主要な祖先分類群の一つであることも確認されました。
つまり、栽培ギクの歴史は一本の系統樹というより、複数の系統が何度も交わる「網」に近いものです。
中国から日本へ、そして日本で再び変わった
この研究が描いた歴史的な拡散モデルも興味深いものです。
論文では、中国の栽培ギクが唐代の729〜748年ごろに日本へ導入され、その後、日本の野生キクとの交雑や遺伝子浸透が、日本独自の多様な栽培ギク形成に重要だったとしています。
特にDisbud型やTraditional型の品種群では、日本が新たな多様性の中心として機能したと考えられています。
その後、中国の栽培ギクは18世紀にヨーロッパへ伝わり、20世紀後半には日本の遺伝資源も再び欧州育種へ導入されました。そこで改良が進み、現在のスプレー型品種群などにつながったと考えられています。
菊は「中国の植物」「日本の伝統花」「欧州の切り花」と別々に見えます。しかしゲノムで追うと、それらは何度もつながっています。
花型や花色まで、栽培化の痕跡を探せる
今回の研究では、起源を追うだけではなく、草姿、花型、花色といった園芸上重要な形質に関連する候補遺伝子座も探索しています。
これは実用品種育種にとって重要です。
六倍体で複雑な栽培ギクでは、従来の交配だけで目的形質を追跡するのが難しくなります。6ハプロタイプを分離した基準ゲノムと147系統の多様性データがあれば、どの染色体コピーの、どの変異が、どの形質に結び付くのかを、これまでより高い解像度で調べられるようになります。
「六倍体だから遺伝子組換えが6倍大変」ではない
ここは誤解されやすいところです。
六倍体だからといって、遺伝子組換えそのものが単純に6倍難しくなるわけではありません。
外来遺伝子を導入して新しい機能を付加する場合、1か所以上に導入された遺伝子が十分に発現すれば、目的形質を得られる場合があります。実際、キクでは遺伝子組換えによって青い花が作られています。
一方で、もともと存在する遺伝子を壊す、ある機能を完全に失わせる、特定のアレルだけを置き換える、ゲノム編集でノックアウトする、といった操作では事情が変わります。
同じ遺伝子が複数コピー存在する場合、何コピー編集できたかによって表現型が変わる可能性があります。
さらに栽培ギクは高いヘテロ性を持ち、他殖性も強く、複雑な多倍体遺伝を示します。目的アレルを交配によって揃えていく過程も、二倍体植物より複雑になります。
つまり本当の難しさは「6倍」という単純な倍率ではなく、多コピー・allele dosage・高いヘテロ性・複雑な遺伝様式を同時に扱わなければならないことにあります。
それでも「青いキク」は作れた
この複雑なキクで、非常に象徴的な分子育種の例が青いキクです。
農研機構とサントリーグローバルイノベーションセンターは2017年、遺伝子組換えによって“true blue”と評価される青いキクを作出したと報告しました。
キクは本来、青色花でよく見られるデルフィニジン系アントシアニンを作るために必要なF3′5′H活性を持ちません。
そこでまず、カンパニュラ由来の F3′5′H を導入し、デルフィニジン系色素を作らせました。しかし、それだけでは花色は紫〜青紫にとどまりました。
さらに、チョウマメ由来の anthocyanin 3′,5′-glucosyltransferase を働かせ、アントシアニンの構造を変化させます。
新たに作られたデルフィニジン系色素が、キク花弁にもともと存在していた無色のフラボン配糖体と相互作用するcopigmentation(共色素効果)によって、花弁全体が青く見えるようになりました。
新しい六倍体ゲノムは、次の育種をどう変えるか
今回の Nature Plants 論文と、2017年の青いキク研究は、別々の話のように見えます。しかし実は、かなりきれいにつながっています。
青いキクの研究は、キクに新しい代謝機能を加えることで、従来存在しなかった花色を作れることを示しました。
一方、今回の六倍体ゲノム研究は、そのキク自身が持っている6セットの染色体と、野生種由来の複雑な遺伝的モザイクを、より正確に読めるようにしました。
今後は例えば、
- 花色や花型に関係する複数アレルのdosageを追う
- 有用なハプロタイプを選抜する
- 複数コピーを前提にCRISPRなどのゲノム編集を設計する
- 野生種由来の有用アレルをより精密に導入する
- 形質転換とゲノム選抜を組み合わせる
といった育種が進めやすくなる可能性があります。
六倍体であることは、確かに面倒です。しかし、その複雑さ自体が、現在の巨大な花型、多様な花色、枝分かれ、開花特性などを生み出してきた遺伝的な材料でもあります。
まとめ
今回の Nature Plants 研究は、栽培ギクが単一の祖先から生まれた植物ではなく、中国と日本の野生遺伝資源が何度も混ざり合いながら形成された、非常に複雑な六倍体作物であることを示しました。
その複雑さは、育種や遺伝解析を難しくします。特にゲノム編集では、複数コピー、allele dosage、高いヘテロ性、複雑な遺伝様式を考えなければなりません。
しかし同時に、その複雑さはキクが持つ巨大な多様性の源でもあります。
そして青いキクの研究は、そのような複雑な植物でも、代謝経路を理解し、必要な反応を組み合わせれば、従来の育種では存在しなかった花色を作り出せることを示しました。
「複雑だから改良できない」のではなく、「複雑さを読めるようになるほど、改良できる範囲が広がる」。
今回の六倍体ゲノムは、キク育種をその段階へ進めるための重要な基盤になる研究です。
参考文献
Yuan C, Zhang R, Cong T, et al. The origin and domestication of modern cultivated Chrysanthemum × morifolium. Nature Plants. Published 21 August 2026. DOI: 10.1038/s41477-026-02366-w.
Noda N, Yoshioka S, Kishimoto S, et al. Generation of blue chrysanthemums by anthocyanin B-ring hydroxylation and glucosylation and its coloration mechanism. Science Advances. 2017;3:e1602785. DOI: 10.1126/sciadv.1602785.


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