植物は二酸化炭素(CO₂)を吸収し、酸素(O₂)を放出します。
この二つを並べて覚えると、「植物が出しているO₂は、取り込んだCO₂からできている」と考えたくなります。しかし、光合成で放出されるO₂の酸素原子は、CO₂ではなく水(H₂O)に由来します。
これは新しい発見ではありません。実験的に決着したのは1941年です。
では、その先はどうでしょうか。
水の中にある酸素原子は、葉の中でどこへ入り、どのように2個が結びつき、O₂として放出されるのでしょうか。
この問いは80年以上たった現在も、原子レベルでは完全には解かれていません。2026年8月22日、Nature Communications に発表されたBhowmickらの研究は、その反応の直前にある光化学系II(Photosystem II; PSII)のS₃状態を約1.9 Åの分解能で解析し、長く議論されてきた第6の酸素配位子 OX(O6)の存在を改めて支持しました。
今回の記事では、「酸素は水から来る」と分かった歴史から、Mn₄CaO₅クラスター、Kok–Joliotサイクル、XFEL、O5–O6間距離、そしてO–O結合がいつ形成されるのかという現在の議論まで、一つの流れとして追います。
- 「CO₂を吸ってO₂を出す」から生まれる誤解
- 1931年―硫黄細菌から「酸素は水由来」が予言された
- 1937年―CO₂がなくても葉緑体は酸素を出せた
- 1941年―¹⁸Oで酸素原子を追跡した
- 酸素を作る場所は、光化学系IIの「酸素発生複合体」
- 1969年の「4周期」から生まれたKok–Joliotサイクル
- S₂→S₃で「6番目の酸素」が入るのか
- 2026年研究―まずMnの位置を決め、その後に酸素を見る
- O5とO6の距離は約2.1 Å―まだ「完成したO–O結合」ではない
- 「O₂が生まれる瞬間」はS₃のさらに先にある
- open-cubane / closed-cubaneとS₂→S₃
- なぜXFELが必要なのか―見たいものをX線で壊してしまう問題
- それでも、まだ「水からO₂」の反応機構は完成していない
- 85年前の問いが、原子1個の位置へ変わった
- 参考文献
「CO₂を吸ってO₂を出す」から生まれる誤解
学校では光合成を、しばしば次のような全体式で表します。
6 CO₂ + 6 H₂O → C₆H₁₂O₆ + 6 O₂
この式は光合成全体の収支を理解するには便利ですが、どの原子がどこから来たのかまでは教えてくれません。
実際の酸素発生反応だけを切り出すと、PSIIでは次の反応が進みます。
2 H₂O → O₂ + 4 H⁺ + 4 e⁻
つまり、私たちが呼吸するO₂を生み出す反応は、光エネルギーを使って水から4個の電子と4個のプロトンを抜き、残った2個の酸素原子からO₂を作る反応です。
CO₂は主として炭素固定側で使われます。O₂発生とCO₂固定は光合成全体として連結していますが、「CO₂の酸素をそのままO₂として捨てている」わけではありません。
1931年―硫黄細菌から「酸素は水由来」が予言された
この発想に大きく貢献したのが、微生物学者Cornelis B. van Nielです。
van Nielは1931年、光合成細菌を比較しました。植物とは異なり、ある種の光合成細菌は水ではなく硫化水素(H₂S)などを電子供与体として利用し、O₂ではなく硫黄を生じます。
そこからvan Nielは、光合成をより一般化して考えました。
植物の場合に放出されるO₂は、CO₂が分解されて出てくるのではなく、電子供与体であるH₂Oが酸化された結果ではないか。
現在から見ると教科書的な考え方ですが、当時はまだ仮説でした。
1937年―CO₂がなくても葉緑体は酸素を出せた
Robert Hillは1937年、単離した葉緑体が、適切な人工電子受容体の存在下ではCO₂固定と切り離されても光依存的にO₂を発生できることを示しました。
いわゆるHill反応です。
これによって、光による酸素発生と、CO₂を有機物へ取り込む炭素固定は、少なくとも実験的には分離して扱えることが明確になっていきました。
「植物がCO₂を吸うからO₂が出る」という一続きのブラックボックスが、別々の反応系へ分解され始めたわけです。
1941年―¹⁸Oで酸素原子を追跡した
決定的だったのが同位体標識です。
Samuel Ruben、Merle Randall、Martin Kamen、James Logan Hydeは1941年、重い酸素同位体¹⁸Oをトレーサーとして光合成を調べました。
水側を¹⁸Oで標識すると、放出されるO₂にもその同位体が現れます。
これによって、光合成で放出されるO₂の酸素原子は水由来であることが実験的に確立しました。
ここで一つの問いには答えが出ました。
しかし、より難しい問いが残りました。
水から来た2個の酸素原子は、光合成装置のどこで、いつ、どのようにO–O結合を作るのか。
今回の2026年論文が扱っているのは、まさにこの問いです。
酸素を作る場所は、光化学系IIの「酸素発生複合体」
酸素発生型光合成では、水の酸化はチラコイド膜に埋め込まれた光化学系II(PSII)で起こります。
PSIIの反応中心で光化学的な電荷分離が起こると、強い酸化力を持つP680⁺が生じます。P680⁺はD1タンパク質上のチロシン残基TyrZなどを介して、最終的に水を酸化する触媒から電子を受け取ります。
その触媒が酸素発生複合体(oxygen-evolving complex; OEC)です。
OECの中心には、4個のマンガン、1個のカルシウム、酸素配位子からなるMn₄CaO₅クラスターがあります。
2011年にはUmenaらがPSIIを1.9 Å分解能で解析し、Mn₄CaO₅クラスターの金属配置、架橋酸素、結合水、周囲の水素結合ネットワークを詳細に示しました。
しかし、静止画として構造が分かることと、反応中にどの原子が動くかを理解することは別問題です。
O₂形成には4電子酸化が必要です。PSIIは一度の光反応で一気に水をO₂へ変えるのではなく、酸化力を段階的に蓄積してから最後にO₂を放出します。
1969年の「4周期」から生まれたKok–Joliotサイクル
Pierre Joliotらは1969年、暗順応した光合成試料へ短い飽和閃光を連続して与えると、閃光ごとの酸素発生量が4周期で振動することを示しました。
Bessel Kokらは1970年、この結果を説明するためにS-state modelを提案しました。
OECは、
S₀ → S₁ → S₂ → S₃ → S₄ → S₀
と進みます。
S₀〜S₃は比較的寿命の長い状態で、S₄はO₂形成・放出へ進む一過性状態として扱われます。暗順応したPSIIでは主としてS₁が蓄積しています。
重要なのは、Sの数字を単純に「Mnの酸化数」と読み替えないことです。S-stateはOEC全体が蓄積した酸化当量を表す反応状態であり、金属の原子価、配位子の酸化、プロトン移動、構造異性化が組み合わさります。
そして、今回の焦点になるS₃は、安定に観測できる状態としてはO₂形成の直前に位置します。
S₂→S₃で「6番目の酸素」が入るのか
Mn₄CaO₅クラスターには、O1〜O5と呼ばれる架橋酸素が配置されています。
S₂からS₃へ進むとき、ここへさらに新しい酸素配位子が加わるのではないか。この酸素はOX、あるいはO6と呼ばれます。
2017年以降のXFEL研究でS₃状態にO6に相当する電子密度が報告され、2018年のKernらの研究では、O6/OXがMn1とCaの間に入り、O5から約2.1 Åの位置にある構造が示されました。
ただし、この解釈は簡単には決着しませんでした。
異なるXFEL構造間でO5–O6距離の報告に差があり、O6の化学種がH₂O、OH⁻、O²⁻、oxyl的な種のどれに近いのか、さらにO5–O6間ですでにO–O結合が形成されているのかについて議論が続きました。
加えて、近年は「独立したO6を置かなくても、O5の複数コンフォメーションの重ね合わせなどで密度を説明できるのではないか」という再解析も提出されました。
2026年5月にはLi、Suga、Shenらが過去のXFELデータをomit mapで再解析し、S₃に部分占有したO6が存在するという側を改めて支持しています。
つまり、2026年8月のBhowmickらの研究はO6を初めて発見した研究ではありません。
価値があるのは、長く続いた「S₃に本当に独立したO6があるのか」という構造学的な争点に、別の解析設計から強い証拠を加えたことです。
2026年研究―まずMnの位置を決め、その後に酸素を見る
BhowmickらはS₁、S₂、S₃について、約1.9 Åの高分解能構造データを取得しました。
さらに重要なのが、9.5 keVと7 keVの2つのX線エネルギーで異常散乱データを取得したことです。
OECのような金属中心では、「重いMnがどこにあり、その近くの弱い酸素密度をどう読むか」が構造解釈を左右します。
そこで研究チームは、Mnの異常散乱を利用して金属位置を拘束し、その上で高分解能電子密度から酸素位置を評価しました。
その結果、S₃状態では、OX/O6がモデル拘束なしでも独立したピークとして観測され、Mn1とCaの双方に配位することが示されました。
これは「S₂→S₃で新しい酸素配位子が入る」というモデルを強く支持します。
ただし、ここで言う「水が入る」は少し注意が必要です。
X線構造解析が直接捉えるのは、まず酸素原子に対応する電子密度とその座標です。その酸素がどの段階でH₂Oとして入り、いつ脱プロトン化し、S₃でどのプロトン化・電子状態を取っているかは、構造だけで完全に決まるわけではありません。
したがって、記事ではO6を「水由来と考えられる追加の酸素配位子」と表現するのが最も安全です。
O5とO6の距離は約2.1 Å―まだ「完成したO–O結合」ではない
今回の構造で特に重要なのが、O5とO6の距離が約2.1 Åだったことです。
一般的な過酸化物型のO–O単結合はおよそ1.4〜1.5 Åです。分子状O₂のO=O結合はさらに短くなります。
2.1 Åという距離は、それらの完成した共有結合より明らかに長い。
そのためBhowmickらは、準安定なS₃状態ですでに強いO–O結合が完成しているというモデルを支持しないと結論しています。
ここは重要ですが、さらに一段慎重に読む必要があります。
2.1 Åという距離だけから、O6のプロトン化状態やラジカル性、弱い電子的相互作用まで一意に決めることはできません。また、最終的にO₂になる2個の酸素原子がO5とO6であること自体も、今回の構造だけで証明されたわけではありません。
したがって、この論文の主張は条件付きです。
もしO5とO6がO–O結合形成部位なら、その結合はS₃で完成しているのではなく、最後の酸化によって進むS₃→S₀遷移の途中で形成される可能性が高い。
「O₂が生まれる瞬間」はS₃のさらに先にある
2023年、同じ研究系統から時間分解XFELによる重要な結果が報告されています。
第3閃光後、S₃からO₂放出へ進む過程を追うと、S₂→S₃で導入されたOXはおよそ700 µs付近から消失または移動を始め、O₂形成に対応すると考えられる構造変化はさらに後、およそ1,200 µs付近で現れました。
2026年研究が示した「S₃ではO6は存在するが、強いO–O結合はまだできていない」という構造像は、この時間軸ともよく整合します。
つまり、OECはS₃までに酸素の材料を反応可能な位置へ配置し、最後の酸化でO–O結合形成とO₂放出へ進むという像が強まっています。
ただし、この記事タイトルの「O₂が生まれる瞬間を追う」は、今回の論文がO–O結合形成そのものを一枚の構造として直接撮影した、という意味ではありません。
より正確には、O₂形成直前の原子配置を高解像度で絞り込み、時間分解研究と合わせて“どこからどこへ進むか”を追えるようになったという意味です。
open-cubane / closed-cubaneとS₂→S₃
さらに専門的に見ると、S₂状態のOECには、EPRや量子化学計算からopen-cubane型とclosed-cubane型の構造・電子状態が議論されてきました。
S₂→S₃遷移では、TyrZの酸化、プロトン移動、水の供給、Mn配位環境の再編成が協奏し、O6が入る空間が形成されると考えられています。W3などの水サイトを起点とする水供給経路も候補として提案されています。
しかし、「どのS₂異性体を経由して、どのプロトン移動順序でO6が入るか」まで2026年構造が一意に決めたわけではありません。
今回の結果が強くしたのは、その複雑なモデルの中でも、最終的なS₃構造にはMn1–Ca間に独立したO6が存在するという部分です。
なぜXFELが必要なのか―見たいものをX線で壊してしまう問題
OEC研究が難しい理由の一つは、Mn₄CaO₅が強い酸化還元活性を持つ金属クラスターであることです。
通常のX線結晶構造解析では、X線照射そのものがMnを還元し、金属間距離や酸素配位子の位置を変えてしまう可能性があります。
そこで重要になったのがX線自由電子レーザー(XFEL)です。
数十フェムト秒以下の非常に短いパルスで回折像を取得し、試料が大きく壊れる前に情報を得る「diffraction before destruction」の考え方を使います。さらに可視光パルスでPSIIを反応させ、その後にX線を当てるpump–probe法によって、室温でKokサイクルの途中状態を追えます。
ただし、XFELだから構造問題がすべて消えるわけではありません。
S-stateの励起効率、異なる状態の混在、占有率、データ処理、map sharpening、refinement strategy、放射線による超高速の電子・原子応答など、Å以下の差を議論するときには依然として注意が必要です。
だからこそ、今回のように異なるX線エネルギーでMn位置を独立に確かめてからO6を評価する設計に意味があります。
それでも、まだ「水からO₂」の反応機構は完成していない
1941年には、「O₂の酸素原子は水から来る」ことが分かりました。
2011年には、その反応を担うMn₄CaO₅クラスターを原子レベルで詳しく見られるようになりました。
2010年代以降のXFELでは、Kokサイクルを進む途中の構造まで観察できるようになりました。
そして2026年、S₃にO6が存在するという構造証拠はさらに強くなりました。
それでも、重要な未解決問題が残っています。
- 最終的にO₂になる2個の基質酸素は、本当にO5とO6なのか
- O6はS₂→S₃の各段階でH₂O、OH⁻、oxo/oxylなどのどの状態を取るのか
- 一過性S₄の正確な構造と電子状態は何か
- O–O結合はoxo–oxyl coupling、求核攻撃、peroxide経路などのどれで形成されるのか
- 水の供給、プロトン放出、電子移動、Mnクラスターの構造変化はどう同期しているのか
今回の論文は「光合成の水分解機構を解決した」研究ではありません。
しかし、反応機構を決めるための候補を一つずつ構造的に排除し、原子配置の自由度を狭める研究です。
85年前の問いが、原子1個の位置へ変わった
光合成研究の歴史を長く眺めると、問いの解像度が変わってきたことが分かります。
1930年代には、「植物が出すO₂はCO₂由来なのか、水由来なのか」が問題でした。
1941年、同位体によってその答えは「水」と決まりました。
1969〜1970年には、「なぜ4回の光反応が必要なのか」がS-stateとして整理されました。
2011年には、水を酸化するMn₄CaO₅クラスターの原子配置が見えるようになりました。
そして現在は、S₃でO6という酸素原子が本当にそこにあるのか、O5と何Å離れているのか、O–O結合はその時点ですでに存在するのかを議論しています。
「植物は水から酸素を作る」。
この一文は簡単です。
しかし、その一文の中には、85年以上かけてもまだ完全には解けていない原子レベルの反応が隠れています。
今回の2026年研究は、そのブラックボックスをもう一段小さくした研究だと言えます。
参考文献
Bhowmick A, Zhang M, Simon PS, Makita H, et al. An additional water is introduced into the manganese cluster during the formation of the S3 state of photosystem II. Nature Communications. 2026. DOI: 10.1038/s41467-026-76805-9
Ruben S, Randall M, Kamen M, Hyde JL. Heavy Oxygen (O18) as a Tracer in the Study of Photosynthesis. Journal of the American Chemical Society. 1941;63:877–879. DOI: 10.1021/ja01848a512
Umena Y, Kawakami K, Shen JR, Kamiya N. Crystal structure of oxygen-evolving photosystem II at a resolution of 1.9 Å. Nature. 2011;473:55–60. DOI: 10.1038/nature09913
Kern J, Chatterjee R, Young ID, et al. Structures of the intermediates of Kok’s photosynthetic water oxidation clock. Nature. 2018;563:421–425. DOI: 10.1038/s41586-018-0681-2
Bhowmick A, Hussein R, Bogacz I, et al. Structural evidence for intermediates during O2 formation in photosystem II. Nature. 2023;617:629–636. DOI: 10.1038/s41586-023-06038-z
Li H, Suga M, Shen JR. Comment on Photosystem II: light-dependent oscillation of ligand composition at its active site: existence of O6 in S3-state photosystem II revealed by omit maps. Acta Crystallographica Section D. 2026;82:574–586. DOI: 10.1107/S2059798326003621


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