コールドスリープから目覚めた植物プランクトンの解析。現代の植物プランクトンは地球温暖化に適応し始めていた。

研究

「生産者」として超大事な植物プランクトン。

単細胞の植物プランクトンは、世界の1次生産量の40%を占めます。1次生産量というのは、太陽光による光合成で合成される物質量で、陸上であれば植物が光合成により生育したときの植物体量がこれに当たります。海洋の場合は、光合成により植物プランクトンが自身を増殖して作られた物質量が1次生産量です。1次生産量は二酸化炭素を固定して行われるため、炭素排出量の低減が叫ばれる昨今では非常に重要な研究課題です。

海洋植物プランクトンは、培養が容易なことや増殖が旺盛なため、研究が盛んです。研究室内では負荷をかけた環境(高温や低温、塩濃度変化など)で培養することで、人為的に「進化」させることが可能です。この特性を使い、新たな有用植物プランクトンを生み出す研究がなされています。

この進化は自然界でも起こっていることが突き止められました。

Temperature optima of a natural diatom population increases as global warming proceeds

1960年代、1990年代、2010年代の植物プランクトンを採取する。

実験では、植物プランクトンのSkeletonema marinoiが用いられています。比較的どの海洋にも存在する海洋プランクトンです。この植物プランクトンの1960年代、1990年代そして2010年代の株が比較されました。これらのS. marinoi株は、フィンランドのバルト海沿岸の堆積物から採取されています。採取地は水深20mの地点で、少なくともこの場所は70年間無酸素または低酸素という環境であり、物質の酸化が抑えられて低活性であったとされます。そのため、深いところに含まれる堆積物は過去の堆積物を安定して保存しています。もちろん、植物プランクトンも生きたまま保存されています。まさに「コールドスリープ」状態です。

堆積物を輪切りにして、年代測定を行います。その後、大きく分けて1960年代、1990年代、2010年代の堆積物の層から植物プランクトンを単離しました。堆積物を低温(8℃)で昼夜を作った光条件で培養します。2~4週間培養した後、顕微鏡で観察しながら、先の細いマイクロピペットでS. marinoi株を単離します。これらを培養して、3時代を生きた植物プランクトンが単離されました。

From: Google map

現代の植物プランクトンは高温環境に適応していた。

3時代の植物プランクトンの培養特性が比較されました。驚くべきことに、現代に近い2010年代のS. marinoi株は最も培養速度が早くなる最適温度が、なんと「1℃」上昇していました。1990年代の株も、1960年代の株よりもすでに最適温度が高くなっており、すでに1990年代から、海洋の温暖化へ植物プランクトンが適応するために進化を繰り返していたことが示されています。

現代に近い株の最適温度は上がりましたが、増殖できる「下限温度」も1960年代の株に比べて上がっています。これは、1990年代と2010年代の株が1960年代の株に比べて寒さに弱くなっているということです。海洋の温暖化が進み、低温への耐性を保持しなくても生き残れたために進化時に変わっていったものと考えられます。

https://www.nature.com/articles/s41558-024-01981-9

遺伝子発現レベルで異なる2010年代の株

更に調査すると、2010年代のS. marinoiは、他の年代に比べて温度に対する反応が過敏でした。具体的には、高い温度では細胞が太くなり、体積が増加します。一般的に、植物プランクトンは海水温度が上昇すると、活性が落ちてしまうため、個々の細胞サイズは減少する傾向にあるそうですが、2010年代のS. marinoiはそのセオリーとは反対の反応です。

これらの違いは、遺伝子発現レベルでの違いが影響していました。2010年代の株は、他の年代に比べて栄養獲得に機能する遺伝子の発現が強化されていました。これにより、温度上昇で活性が落ちることなく栄養を獲得でき、細胞の体積が大きくなったものと考えれています。遺伝子発現については、年代ごとに大きく発現レベルが変化していましたので、他にも様々な遺伝子変異が60年の間に行われたことになります。

自然界での進化速度を推測する。

すでに実験室レベルでは「強制進化」させることも可能ですが、自然界における進化の程度はこれまで不明でした。この研究で、自然界でも起こることが証明されたわけですね。今回の場合だと、S. marinoiの最適温度が1℃上昇するためには「7000回の細胞分裂」が必要とわかりました。

温暖化や汚染で地球環境が変化していく中で、植物プランクトンの進化をある程度予測できる日も来るかもしれません。今はまだない有用プランクトンを今から予測して、未来に活用する、そんなこともこの先可能になるかもしれません。それが何千年も先であれば、私達がコールドスリープする必要があるかもしれません。

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