植物中の分子を組み合わせて、新しい農薬を作る!「抗菌ペプチド+機能ドメイン」

研究

サスティナブルな作物生産につながる新しい物質が報告されていました。植物内にある2つの分子をくっつけただけのその分子は、病気や害虫対策に効果を発揮するみたい。この分子の研究について紹介します。

Expression of a novel NaD1 recombinant antimicrobial peptide enhances antifungal and insecticidal activities - Scientific Reports
This study aimed to increase the antifungal and insecticidal activities of NaD1, as an antimicrobial peptides (AMP), by ...

抗菌ペプチド分子

抗菌ペプチド(Antimicrobial peptides : AMP)は、自然界に広く分布しており、微生物や植物、動物、さらには人間の体内にも存在しています。これらのペプチドは短鎖のアミノ酸から構成されており、微生物感染に対する自然免疫の一部として働いています。抗菌ペプチドは、特に細菌や真菌の細胞膜を破壊する作用に優れており、その結果として、病原菌を無力化する効果を示します。このメカニズムは他の抗菌剤とは異なり、微生物が抗菌ペプチドに耐性を持ちにくいため、抗生物質耐性菌の脅威に対する新たな解決策としても期待されています。

農業において、抗菌ペプチドは農薬のような作用を示します。抗菌ペプチドは菌類や虫の細胞壁を壊す機能があり、その結果、病原菌の増殖や害虫の被害を抑制します。生体分子であるため、環境負荷が小さく、持続的な作物生産にとって、救世主となる可能性があります。今回紹介する研究では「NaD1」と呼ばれるタバコの抗菌ペプチドを使用しています。もともとタバコ特異的な抗菌ペプチドであり、単体でも機能がある有効な物質ですが、今回はさらに「ドーピング」が施されました。

抗菌ペプチドの機能を強化する「機能ドメイン」分子

抗菌ペプチドの効果を最大限に引き出すために、「機能ドメイン」と呼ばれる特定の分子領域を使用します。機能ドメインは、特定のタンパク質に付加される形で存在する短鎖のアミノ酸残基で、付加されたタンパク質の生体内での移動や結合を左右します。抗菌ペプチドに機能ドメインを付加すると、ペプチドの効力や安定性、特異性を向上させる役割を果たします。例えば、特定の機能ドメインを持つことで、抗菌ペプチドが目標とする微生物に直接結合しやすくなり、より効果的に働くことができます。また、機能ドメインにより、ペプチドが特定の条件下でも安定性を保つことが可能となり、効果が長時間持続します。

また、機能ドメインは、特定の細胞へターゲットを絞る機能も追加できるため、副作用の軽減にも寄与します。抗菌ペプチドが広範囲の微生物に対して効果を発揮する一方で、機能ドメインの負荷でターゲットを絞った使用ができることは、安全性の向上に大きく貢献します。このため、農業での特定病原菌の制御や医療分野での治療標的の精度向上において、機能ドメインを含む抗菌ペプチドは非常に有望とされています。

今回報告された例では、抗菌ペプチドNaD1へ、キチン質への親和性の高いドメイン「キチン結合ドメイン(chitin-binding domains:CBD)」を融合した分子が作成されました。キチンは菌類の細胞壁や虫を構成する多糖類です。キチン結合ドメインを付加された抗菌ペプチドは、菌類や害虫の体内へ容易に結合でき、その効果を効率よく発揮できるはず!という戦略が成り立ちます。

「抗菌ペプチド+機能ドメイン」分子の効果

抗菌ペプチドに機能ドメインを組み合わせた分子「NaD1-CBD」は、従来の抗菌ペプチドに比べて多くの点で優れた抗菌性能を発揮していました。まず、イネいもち病菌に対する反応性を見ると、NaD1のみよりNaD1-CBDのほうが、菌糸の伸長を抑制しました。機能ドメインの追加により、抗菌ペプチドが標的の微生物に直接的なダメージを与えやすくなり、短時間で感染を抑制することが期待できます。さらに、この組み合わせにより、抗菌ペプチドが微生物の防御メカニズムを回避しやすくなり、抗生物質耐性を持つ菌にも高い効果を発揮することが報告されています。

さらに、菌類だけでなく虫への影響も変化します。NaD1-CBDを接種した虫は、高い酸化ストレス反応を示していました。NaD1-CBDにより、虫の中腸内反応が変化し、消化不良などでダメージを受けていた可能性が考えられます。NaD1のみを接種した場合はよりも高い酸化ストレス値を示したことで、付加されたCBDにより、効果が高まったことが証明されました。

NaD1-CBDに限らず「抗菌ペプチド+機能ドメイン」分子は、特定の微生物にのみ作用し、非ターゲット細胞に対する影響を最小限に抑えるという利点も持っています。これにより、農業や医療の分野での使用がより安全になり、特定の病害や感染症の制御が効率化されると考えられます。加えて、機能ドメインが安定性を向上させることで、抗菌ペプチドの効果が長期にわたって持続し、定期的な施用が不要になる可能性もあります。

植物の中にビジネスチャンスが眠っている

抗菌ペプチドと機能ドメインを組み合わせた技術には、農業分野での応用において大きなビジネスチャンスが潜んでいます。特に、植物に対する病害防除手段として抗菌ペプチドを利用することは、環境負荷を抑えつつ、効率的な作物保護を実現するための革新的な方法です。

従来の化学農薬は、病害菌を防ぐための主要な手段でしたが、長期的な使用が土壌環境や生態系に悪影響を及ぼすことが問題視されてきました。また、消費者の間でも、より安全で環境に優しい農産物が求められるようになり、持続可能な農業技術の需要が高まっています。

植物に備わる抗菌ペプチドとその機能ドメインの活用は、農業分野における病害防除の新たな選択肢を提供し、持続可能な食料生産システムの構築に貢献できる可能性があります。農業の将来を見据え、抗菌ペプチドの研究開発により、環境と調和する持続可能な農業のビジネスモデルが構築される日も遠くないでしょう。

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