かけ合わせ育種ではなく、足し算育種が可能になる?作物の倍数体を容易に作る技術「MiMeシステム」

研究
交配育種の壁

私達が普段食べている野菜や穀類は、古代から続く育種の賜物です。ゲノム編集によるピンポイント育種も可能となりましたが、私達が恩恵を受けている作物のほとんどが「交配育種」で作出されています。交配育種では、人類のためになる有用形質を持つ両親をかけ合わせ、両方の有用形質を持つ次世代を作ってきました。これからも大部分品種はまだまだ交配育種で作られると思いますよ。

交配育種の手法で多くの有用品種が作られてきましたが、課題もあります。例えば、次世代の素となる花粉や卵細胞は「減数分裂」をして、親の形質の半分だけを次世代に伝えます。そのため、伝わってほしい親の有用形質が次世代に伝わるのは、花粉親からの1/2の確率、卵細胞親からの1/2の確率が合わさり、実際にほしい形質の次世代種子は取れた種子の1/4しか取れません。育種の実際は、次世代に引き継ぎたい形質は1つ2つではなく、多くの形質を次世代に引き継ぎたいため、その形質が増えれば増えるほどたくさんの種子を取る必要があり、またほしい形質を持つ個体を必ず得られるわけではありません。これらの苦労の乗り越えたのが、現在私たちが食している作物であり、膨大なコストが掛かっていると言えます。飢餓や生産の効率化のためさらなる有用品種が求められていますが、今以上の有用形質を求めるのであれば、これまで以上のコストが必要であり、何らかのブレイクスルーが必要です。

倍数体の可能性

これらの問題を解決する手段の1つが「倍数体」の活用です。すでに「種無しスイカ」など、倍数体を用いた育種で作られた例もありますが、そのポテンシャルは未知数です。倍数体は、親に比べて遺伝子の数が倍になった個体です。これらの個体は、親の形質が交配により損なわれることなく、すべて受け継がれます。これは花粉親でも種子親でも共通です。イメージとしては、通常の交配では花粉親と種子親は元から「2」の量の遺伝子を持っていますが、花粉や卵細胞を作る際は「1」に減少します。この「1」同士の花粉と卵細胞が接合し「2」となることで親と同じ遺伝子の量をもつ次世代が作られます。一方、倍数体は花粉や卵細胞が出来る際に「1」にならず「2」のままです。その結果、花粉と卵細胞が接合すると「4」の遺伝子量を持つ次世代がつくられます。当然、倍数体は親からの形質をすべて受け継ぎ、ロスする形質はありません。この倍数体をうまく活用することで、良い形質を持っていたり、大きく成長する個体が作られたりしています。

https://www.nature.com/articles/s41588-024-01750-6
「Mitosis instead of meiosis (MiMe) system」

良いこと尽くめに思える倍数体を使った育種ですが、これを適用できる種目は限られており、一部の成果のみが世に出ています。もっと適用できる品種が増えれば、革命が起きるかもしれません。そのきっかけになるのが、「Mitosis instead of meiosis (MiMe) system」(減数分裂の代わりに有糸分裂(MiMe)システム)です。花粉や卵細胞が作られるとき、遺伝子量を半量にする「減数分裂」が起こりますが、MiMeシステムでは減数分裂ではなく通常の細胞分裂と同じ分裂工程(有糸分裂)を経ます。これにより、「2」の細胞から「1」の細胞が作られず、「2」のままの花粉や卵細胞が作られます。これまでは一部の種のみでこのような現象が確認できていましたが、なんと、MiMeシステムに重要な遺伝子が特定され始めました。例えば、トマトでは「SlSPO11-1」「SlREC8」「SlTAM」の3つの遺伝子です。これらの遺伝子を欠損するとMiMeシステムを活用できることが判明しています。遺伝子名の頭についている「Sl」はトマトの学名であるSolanum lycopersicumの略であり、トマトにおけるSPO11-1、REC8、TAMという意味となります。つまり、他の植物でも同様のSPO11-1、REC8、TAM遺伝子を見つけて、欠損させることができれば、MiMeシステムを再現できる可能性があり、交配育種に新たな領域が開けるかもしれません。

参考文献:https://www.nature.com/articles/s41588-024-01750-6

https://www.nature.com/articles/s41588-024-01750-6
足し算育種の可能性と課題

今回紹介したMiMeシステムを用いれば、様々な種で有用な形質をもつ親同士をかけ合わせて倍数体を作り、短時間で有用な品種を作れる可能性があります。また、これまで倍数体が確認できなかった種でも倍数体化して、新たな育種母本とすることも考えられますね。可能性は無限大です!

いいことばかり描いてきましたが、倍数体育種にも様々なデメリットは既に指摘されており、それを乗り越える必要があります。たとえば倍数体にしたときに実が大きならず、逆に小さくなるなど倍数体特有の反応は種ごとにやってみないとわかりません。蓄積できる有用形質が増えたことで、親だけでなく何世代も前の形質を考慮しつつ交配をしなくてはなりません。さらに形質は引き継いだ遺伝子だけで決まるわけではなく、実際は細胞質遺伝(細胞質の因子)など様々な形で遺伝し、それが組み合わさった反応示します。つまり育種戦略は複雑になります。

ビジネスとしても課題があります。現代の種苗ビジネスはF1種子を活用することで成功したといえます。F1種子は有用な形質が集積した種ですが、次の世代に取れる種子すべてが親と同じ形質の種子とならず、収量を得るために農家はF1種子を描い続ける必要があります。倍数体を用いた育種では、F1種子を用いたビジネス展開が適応し難く、新たなビジネススキームを考える必要があります。

メリット・デメリット様々書きましたが、それだけ倍数体が未知の分野であり、可能性の宝庫も言えます。将来、倍数体を使った育種が今以上に増え、わたしたちの食卓に並ぶ頻度が増えているかもしれませんよ。

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