月の土で植物を育てた、ではない――月レゴリス模擬土をリン溶解菌で改良した研究

農業・栽培技術

2023年の Communications Biology 論文は、「月の土に地球の菌を入れて植物栽培に成功した」と紹介されることがあります。しかし実験に使ったのはApollo試料などの実際の月レゴリスではなく、地球上で作ったlunar regolith simulantです。

研究の問いは、月面資源利用を想定して、レゴリスに含まれる難溶性リンをphosphorus-solubilizing bacteria(PSB)で植物が使える形へ変えられるか、というものでした。

使用したのは中国吉林省由来の火山性materialを基にしたsimulant

月レゴリス模擬土と粒径区分
研究に用いたlunar regolith simulant。2026年にFig.1aの粒径ラベルが訂正された。

研究では月レゴリスの物理・化学特性を模したmaterialを使っています。Apollo 14 lunar soilはsimulant設計の参照情報の一つですが、栽培基質としてApollo sampleを使ったわけではありません。

ここは、実月土での栽培研究と混同してはいけません。

5種のPSBを試し、3種がsimulant条件に耐えた

研究チームは5種のphosphorus-solubilizing bacteriaを評価し、Bacillus mucilaginosusBacillus megateriumPseudomonas fluorescensがlunar regolith simulant条件に耐え、不溶性無機リンを可溶化できることを示しました。

21日間のbio-improving experimentで、available phosphorusが増加しました。

Nicotiana benthamianaを24日間栽培

月レゴリス模擬土で栽培したNicotiana benthamiana
PSBでbio-improvingしたsimulantでNicotiana benthamianaの生育を比較した。出典: Xia et al. 2023

微生物処理したsimulantで Nicotiana benthamiana を24日間栽培すると、未処理simulantより生育が改善しました。

ただし「普通の培養土と完全に同等」「月レゴリスだけで植物生産システムが完成」と読むのは強すぎます。月レゴリスは有機炭素・窒素などが乏しく、多くの栄養元素も植物が利用しにくい形で存在します。この研究が改善した主対象は難溶性リンのavailabilityです。

これはterraformingではなく、in-situ resource utilizationの基礎研究

PSBでregolith-derived substrateの栄養利用性を改善できれば、将来のbioregenerative life-support systemで地球から運ぶ培地量を減らせる可能性があります。

しかし月面では低重力、真空、放射線、極端な温度、perchlorate等の有害要因、閉鎖系での水・窒素循環など、この試験に含まれない条件が多数あります。

したがって「月面を緑化するterraformingの第一歩」より、月面基地で現地資源を栽培基質へ近づけるためのmicrobial soil engineeringのproof-of-conceptと捉える方が正確です。

2026年Author CorrectionはFig.1aの粒径ラベル修正

2026年6月16日にAuthor Correctionが公開されました。修正はFig.1aのsimulant粒径ラベルの順序で、正しくは上から0.3–0.5 mm、0.5–0.9 mm、>5 mmです。

研究の結論や植物生育結果を覆す訂正ではありませんが、リマスター版では修正済みVersion of Recordを基準にします。

関連するテーマとして、コケを6〜10Gで育てると光合成が増えた――IBSH1/AP2-ERFがつなぐ高重力応答もあわせて読むと背景がつながります。

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参考文献

  • Xia Y et al. Phosphorus-solubilizing bacteria improve the growth of Nicotiana benthamiana on lunar regolith simulant by dissociating insoluble inorganic phosphorus. Communications Biology. 2023;6:1039. https://doi.org/10.1038/s42003-023-05391-z
  • Xia Y et al. Author Correction. Communications Biology. 2026;9:827. https://doi.org/10.1038/s42003-026-10421-7
月面の足跡
本研究は月面基地でのin-situ resource utilizationを想定した基礎研究。

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