暑い日に、植物は気孔を開くのでしょうか。それとも閉じるのでしょうか。
「水を失わないために閉じる」と習った人もいるかもしれません。しかし、植物は気孔を開いて水を蒸散させることで、葉から熱を逃がすこともできます。水が蒸発するときに周囲から熱を奪うためです。人間が汗をかいて体を冷やすのと、物理的には同じ原理です。
では、暑いときには開くのか、閉じるのか。
最近の研究を追っていくと、この問いの立て方自体が少し単純すぎることが見えてきます。
植物は「暑いから開く」「暑いから閉じる」という一つの規則で気孔を動かしているわけではありません。葉を冷やすためには開きたい。一方、水を守るためには閉じたい。 さらに光、空気の乾燥度、植物体内の水分状態なども加わります。気孔は、これら相反する要求を統合した結果として、どの程度開くかを決めていると考えた方が実態に近そうです。
2026年8月26日、Nature Plants に発表された新しい研究は、この「せめぎ合い」の中に新しい分子経路を追加しました。そして周辺の研究までつないでみると、ここ数年で植物の気孔がどのように「水」と「熱」を天秤にかけているのか、その制御モデルがかなり具体的になってきています。
新しく見つかった「暑いときに気孔を開く」経路
今回、シロイヌナズナで見つかった中心的な分子がUBP24です。
正式名称は UBIQUITIN-SPECIFIC PROTEASE 24。日本語にすれば、ユビキチン特異的プロテアーゼ24という脱ユビキチン化酵素です。
ユビキチンとは、タンパク質に付加され、そのタンパク質の寿命や細胞内での行き先を変える「目印」として働く小さなタンパク質です。UBP24は、そのユビキチンを取り外します。
今回の研究では、高温になるとB4群RAF様キナーゼと呼ばれるタンパク質リン酸化酵素群を介して、OST1(OPEN STOMATA 1、別名SnRK2.6)というキナーゼが活性化されることが示されました。
OST1は次に、UBP24の360番目のアミノ酸であるセリン、Ser360をリン酸化します。リン酸化とは、タンパク質にリン酸基を付ける反応で、タンパク質の活性や安定性、電荷などを変化させる代表的な制御方法です。
Ser360がリン酸化されたUBP24は安定化します。そしてUBP24は、細胞膜に存在するAHA1(ARABIDOPSIS H+-ATPASE 1)というプロトンポンプからユビキチンを取り除き、AHA1の内在化や分解を抑えます。
結果としてAHA1が細胞膜上に維持され、気孔が開く方向へ進みます。著者らが提示した経路を簡略化すると、
高温 → B4群RAF様キナーゼ → OST1 → UBP24 → AHA1維持 → 気孔開口
となります。
AHA1は、気孔を開く「駆動装置」の一つ
ここでAHA1が何をしているのかが分かると、この研究がかなり理解しやすくなります。
気孔は、左右一対の孔辺細胞によって囲まれています。この孔辺細胞が水を吸って膨らむと気孔が開き、水を失って膨圧が低下すると閉じます。
AHA1のような細胞膜H+-ATPaseは、ATPのエネルギーを使って水素イオン、つまりプロトン(H+)を細胞外へ送り出します。すると孔辺細胞の膜電位がより負になり、カリウムイオン(K+)などが細胞内へ取り込まれやすくなります。イオンやその他の浸透圧物質が蓄積すると水が孔辺細胞へ入り、膨圧が上がって気孔が開きます。
つまりAHA1は、気孔開口を駆動する重要な装置の一つです。
そして興味深いことに、このAHA1は今回突然登場したわけではありません。
2025年発行のNature Plants論文では、TOT3(TARGET OF TEMPERATURE 3)という高温応答性キナーゼがAHA1などのH+-ATPaseをリン酸化し、その活性を高めることで、高温時の気孔開口を促すことが報告されています。
つまり先行研究では、
「AHA1を活性化する」
仕組みが見つかりました。
今回の2026年の研究では、それに加えて、
「AHA1を細胞膜上に維持する」
仕組みが見つかったことになります。
同じ最終的な駆動装置に対して、活性そのものを調節する経路と、タンパク質量・局在を維持する経路が重なっているわけです。ここまでつながると、単なる一遺伝子の発見というより、気孔開口の制御回路が一段埋まった研究と見ることができます。
では、なぜ「暑いと気孔を閉じる」とも言われるのか
ここで最初の疑問に戻ります。
高温で気孔を開いて葉を冷やすのであれば、なぜ植物は暑く乾燥した条件で気孔を閉じるのでしょうか。
重要なのは、温度と乾燥を分けて考えることです。
気温が高くなるほど、空気が保持できる水蒸気量は大きくなります。そのため、実際の水蒸気量が同じままなら空気の「乾かす力」は強くなります。
これを表す代表的な指標がVPD(Vapor Pressure Deficit、水蒸気圧飽差)です。これは、その温度での飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧との差です。大きいほど、葉から空気へ水が移動しやすい状態になります。
高いVPDでは、多くの植物で気孔コンダクタンスが低下します。つまり、植物は過剰な水損失を防ぐために気孔を閉じる方向へ向かいます。干ばつの場合も同様です。
したがって、高温になった植物には少なくとも二つの力がかかります。
葉が熱い → 蒸散で冷やしたい → 開く方向
一方で、
空気が乾いている・土壌水分が不足している → 水を守りたい → 閉じる方向
です。
ここが重要です。「高温」という環境条件は、葉を冷やす必要性を高める一方で、VPDを上昇させて水損失の危険性も高め得ます。
つまり、高温は気孔に対して相反する要求を同時に生み出し得るのです。2026年のNew Phytologistのレビューでも、温度そのものの効果と、温度上昇を介したVPDの変化を分けて考える必要性が整理されています。
「高温そのもの」で開く経路は本当にあるのか
ここは重要なファクトチェックです。
「暑くすると空気が乾くから、それによって気孔が動いただけではないのか」という可能性を考える必要があります。
TOT3研究では、シロイヌナズナで高温に伴う気孔開口が解析され、単離した表皮を用いた実験も行われています。今回のUBP24研究でも、剥離した葉の表皮を用い、暗条件で21、28、35、42℃の温度系列を比較しています。野生型では35℃、42℃で開口が増加しました。
したがって少なくともシロイヌナズナには、単なる土壌乾燥の二次効果では説明できない温度依存的な開口制御が存在すると考える根拠があります。
今回のUBP24研究ではさらに、孔辺細胞内のアブシシン酸を検出するセンサーや、アブシシン酸合成阻害剤などを用いた検証から、高温によるOST1–UBP24経路の活性化が通常のアブシシン酸増加を必要としないことが示されています。
ここで出てきたアブシシン酸(ABA:Abscisic Acid)は、植物が水不足などのストレスを受けたときに重要な役割を果たす植物ホルモンです。
乾燥時には、このアブシシン酸を介した信号によって気孔閉鎖が促進されます。
OST1は「閉じる分子」のはずだった
そして今回の研究で特に興味深いのが、OST1です。
OST1はOPEN STOMATA 1という名前を持つタンパク質リン酸化酵素で、植物生理学では長年、アブシシン酸による気孔閉鎖の中心的な制御因子として研究されてきました。
乾燥などによってアブシシン酸シグナルが強くなるとOST1が活性化され、SLAC1(SLOW ANION CHANNEL-ASSOCIATED 1)という孔辺細胞の陰イオンチャネルなどを活性化します。
SLAC1が働くと陰イオンが孔辺細胞から流出し、膜電位が変化します。それに伴ってカリウムイオンなどの溶質と水も失われ、孔辺細胞の膨圧が低下して気孔が閉じます。
したがって古典的な図式では、
アブシシン酸 → OST1 → SLAC1 → 気孔閉鎖
という経路になります。
さらにTOT3研究では、乾燥時にOST1がTOT3をリン酸化して不活性化することも示されました。
TOT3はAHA1を活性化して気孔を開かせる側の分子です。
つまり乾燥するとOST1は、
SLAC1を動かして「閉じる」
だけでなく、
TOT3を止めて「開かせない」
という二方向から気孔閉鎖を支えることになります。
ところが今回の研究では、そのOST1が高温時にUBP24をリン酸化し、AHA1を維持して気孔を開く側に働きました。
同じOST1が、
乾燥時には閉鎖側へ働き、高温時には開口側にも働く。
OST1を単純な「気孔閉鎖スイッチ」と考えることができなくなってきました。
むしろOST1は、複数の環境シグナルと複数の下流経路が交差する分岐点と考えた方がよさそうです。
さらに「高温でOST1が気孔を閉じる」という研究まである
話はもう少し複雑です。
2025年にMolecular Plantに発表された別の研究では、高温ストレスを受けたシロイヌナズナで、OST1を介して気孔が閉じる経路が報告されています。
この研究で登場するのがHSFA1b(HEAT SHOCK FACTOR A1b)という熱ショック転写因子です。
通常温度ではHSFA1bが主に細胞質に存在し、そのアデニル酸シクラーゼ活性によって作られるcAMP(cyclic adenosine monophosphate、環状アデノシン一リン酸)を介してOST1の働きを抑えています。
ところが高温になるとHSFA1bが核へ移動します。するとOST1への抑制が外れ、OST1がSLAC1を活性化し、気孔閉鎖が促進されると著者らは報告しました。この経路もアブシシン酸に依存しない高温応答として提案されています。
つまり現在の文献を並べると、
高温 → OST1 → UBP24 → AHA1 → 開口
という経路と、
高温 → HSFA1bの局在変化 → OST1 → SLAC1 → 閉鎖
という経路の両方が存在します。
しかも、単純に「ABAがあれば閉じ、なければ開く」と整理することもできません。両方とも、少なくともそれぞれの研究条件ではABA非依存的な高温応答として報告されています。
これはかなり重要です。
34℃では開いて37℃では閉じる、という意味ではない
ここで「では34℃なら開いて、37℃を超えると閉じるのか」と考えたくなります。
しかし、現時点のデータからそのような温度閾値を設定することはできません。
研究ごとに、温度だけでなく、処理時間、光条件、湿度、VPD、水分状態、植物体全体を測っているのか単離表皮を測っているのか、といった条件が異なるからです。
実際、今回のUBP24研究では42℃でも高温誘導性の開口が観察されています。一方、HSFA1b研究では高温ストレス下で閉鎖応答が報告されています。
したがって、異なる研究の温度条件を横に並べて、一本の温度応答曲線にしてはいけません。
2026年のNew Phytologistレビューも、高温での気孔応答が条件によって異なることを整理しています。
つまり、ここは「すべて解明された」と書くべき場所ではありません。
開く分子経路も、閉じる分子経路も実在する。しかし、どの条件でどの経路が優勢になるのかは、まだ完全には解けていない。
これが現在地です。
「開くか閉じるか」ではなく、複数の経路の強さを足し合わせる
興味深いことに、今回のNature Plants論文の著者ら自身も、この問題を計算モデルにしています。
モデルには、これまでに分かっていたTOT3–AHA1経路、OST1–SLAC1経路、そして今回見つかったOST1–UBP24–AHA1経路などが組み込まれています。
高温による開口方向の経路と閉鎖方向の経路が同時に存在し、アブシシン酸入力との相互作用によって最終的な気孔開度が変わるようにモデル化されています。
著者らのExtended Data Fig. 10では、21℃と42℃の条件を用い、高温単独またはABAシグナルを組み合わせた場合の気孔開度をシミュレーションしています。
これは、気孔を理解するうえでかなり重要な考え方です。
「温度が上がれば、開くか閉じるか」という一本のグラデーションではありません。
実際の植物では、少なくとも
温度 × VPD × 植物体の水分状態 × 光 × 時間
のような多次元の環境条件があり、その上で複数の分子経路が競合します。
そこから最終的な「開き具合」が決まる。
気孔は二値のスイッチというより、複数の入力を受けながら連続的に出力を変える制御系と考えた方が近いでしょう。
ただし、この計算モデルも「完成形」ではない
ここも重要な注意点です。
今回の計算モデルは、気孔のすべてを定量的に予測できる完成したモデルではありません。
各分子の詳細な動態や、異なる研究条件のすべてを統一的に説明するには、まだ定量データが足りません。また、「なぜ同じOST1から開口側と閉鎖側という異なる出力が生まれるのか」も重要な未解決問題です。
したがって今回のモデルは、
「温度と乾燥という複数入力を、複数の分岐経路が統合することで一見矛盾した気孔応答を説明する」
ための現在の作業仮説の一つと見るのが適切です。
それでも、これまで別々に研究されてきた分子を一つのネットワークとして扱い始めた意味は大きいでしょう。
そして今回の論文には、もう一つ面白い発見がある
UBP24研究には、気孔制御とは別に進化的にも興味深い部分があります。
OST1がUBP24のSer360をリン酸化すると、リン酸基によってその部分に負電荷が加わります。この負電荷がUBP24の安定化と機能に重要でした。
著者らの系統解析では、このSer360を利用した制御が維管束植物の進化と関連して形成されたことが示唆されています。
さらに面白いことに、気孔を持たない酵母 Saccharomyces cerevisiae に存在するUBP24の相同タンパク質Ubp3では、対応する位置に恒常的な負電荷を持つアミノ酸残基が存在し、その負電荷が熱ショック後の生育に必要でした。
植物では、リン酸化によって必要なときだけ負電荷を付ける。
酵母では、アミノ酸配列そのものに負電荷を持たせる。
生物も機能も大きく違いますが、「タンパク質の特定位置に負電荷を置くことで、高温応答を制御する」という物理化学的な原理が共通しているというのが、今回の論文のもう一つの新規性です。
気孔は「水・熱・CO2」を配分する制御装置なのかもしれない
今回のUBP24論文だけを読むと、「高温で気孔を開く新しい分子経路が見つかった」という研究です。
しかし周辺の研究までつなげると、少し違う景色が見えてきます。
植物は気孔を開けば、二酸化炭素を取り込みやすくなり、蒸散によって葉を冷却できます。しかし同時に、水を失います。
閉じれば水は守れますが、二酸化炭素の取り込みは減り、蒸散冷却も弱くなります。
つまり植物にとって、気孔を完全に開くことも、完全に閉じることも常に正解ではありません。
炭素を取る。水を守る。熱を逃がす。
この三つを、その瞬間の環境に応じてどこに配分するか。
その調節弁が気孔です。
そして現在見えてきているのは、その調節が「一つのセンサー、一つのスイッチ」で行われているのではなく、AHA1、TOT3、UBP24、OST1、SLAC1など、開口側と閉鎖側の複数の経路を重ね合わせることで実現されているという姿です。
特にOST1は象徴的です。
乾燥時には気孔を閉じる。
高温時にはUBP24を介して開く方向にも働く。
別の高温応答経路ではSLAC1を介して閉じる方向にも働く。
一見すると矛盾しています。
しかし植物が解かなければならない問題そのものが、「水を守りながら葉も冷やす」という矛盾を含んでいると考えれば、むしろ複数の逆向きの回路を持っていることには合理性があります。
今回の研究によって、その制御盤に新しくUBP24という回路が描き加えられました。
気孔は「開くか、閉じるか」を決める装置ではない。
どのくらい開くのが、今の環境で最もましかを決め続ける装置なのかもしれません。
参考文献
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