植物が作る有用成分には、根、葉、果実など特定の組織に偏って生産・蓄積するものがあります。天然物を原料として利用するうえで、この「どこで作られるか」は、成分の濃度と同じくらい重要かもしれません。
根に偏って生産される成分を、葉でも生産できるようにしたらどうなるでしょうか。 地下部を掘り取る必要がなくなる、あるいは生産と回収の工程を単純化できる可能性があります。
2026年10月22日、『Plant Physiology』に掲載されたクワの研究は、その発想に分子生物学的な手掛かりを与えました。転写因子MnWRKY22を葉で過剰発現させることで、普段は根やカルスに偏って発現するスチルベン合成酵素遺伝子群を活性化し、葉でのレスベラトロールの新規生合成を誘導したのです。
クワの有用スチルベノイドは、通常は根に偏る
レスベラトロールは、スチルベン合成酵素(STS)を介して作られるスチルベノイドの一種です。植物の防御応答に関係し、医薬品・食品原料としての利用も研究されています。ただし、ヒトへの健康効果がこの研究で検証されたわけではありません。
2025年の別研究では、Morus notabilis の根・茎・葉をLC–MSで比較し、調べたレスベラトロールとオキシレスベラトロールは根で検出され、茎と葉では検出されませんでした。「不検出」は測定条件下の結果であり、あらゆる条件で葉に合成能力が存在しないという意味ではありません。
組織別の測定結果は、Huら(2025)の原著Figure 2で確認できます。この論文はCC BY 4.0で公開されていますが、この記事では原著図を無断で複製せず、出典先を案内します。
10個のSTS遺伝子をまとめて動かすMnWRKY22
クワのゲノムには10個のMnSTS遺伝子があり、うち9個は同一のゲノム領域にタンデム配置されています。こうした遺伝子群の進化と配置は2016年の研究から知られていました。
今回、Xiaらは組織別の共発現パターンと加重遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)を手掛かりに、制御候補として転写因子MnWRKY22を見いだしました。論文要旨で報告された実験結果は次のとおりです。
- MnWRKY22は根とカルスで特異的に高く発現する。
- MnWRKY22は各MnSTS遺伝子のプロモーターにあるW-box配列に直接結合し、転写を活性化する。
- MnWRKY22の発現抑制で、MnSTS群の転写量とレスベラトロール蓄積量が低下する。
- 過剰発現ではMnSTS群の発現とレスベラトロール生産が増加する。
- 葉でMnWRKY22を過剰発現すると、通常は発現の低いMnSTS群が誘導され、葉でレスベラトロールが新たに合成される。
これは、完成済みの生合成酵素を外から多数導入したという話ではありません。クワ自身が持つ酵素遺伝子群の発現制御を変更したことが要点です。
ただし、2026年論文の全文・図表の検証は未完了です。葉における含有量の絶対値、生産倍率、安定形質転換系統か一過的発現系か、長期の生育影響などは、要旨からは判断できません。
「輸送を変える」のではなく「作る場所を変える」
この研究から考えられる応用は、物質輸送を人為的に変えることに限りません。むしろ注目したいのは、生産場所そのものを収穫しやすい組織へ移すという考え方です。
植物によっては、ある組織で作った物質を別の組織へ輸送して蓄積します。仮に「根で合成し、葉に蓄積する」物質があった場合、葉で合成して、その葉に蓄積させる設計ができれば、生産工程の一部を単純化できるかもしれません。
また、今回のクワに近い「根で作り、根に蓄積する」成分なら、葉でも作れるようにすることで、地下部を毎回収穫せずに回収できる可能性があります。特に、葉を繰り返し採れる植物なら、年間の生産効率や栽培株の継続利用という観点から意味が大きいでしょう。
ただし、合成の場所を変えることと、その場に安定して蓄積できることは別です。葉に合成酵素が働いても、前駆体の不足、代謝競合、分解、細胞毒性、細胞内隔離能力などが制約になり得ます。
今回の実験は、転写制御による葉での新規合成の誘導を示すものであって、輸送経路の改変や、商業収穫に十分な量の安定蓄積を証明したものではありません。
先行研究と比べて、何が新しいのか
「レスベラトロールを葉で作れるようになったこと自体が初めて」と書くのは正確ではありません。
2006年には、外来のSTS遺伝子を導入したレタスで、葉のレスベラトロール生産が報告されました。また、2016年にはクワのSTS遺伝子群が解析され、UV-C照射によってクワの葉にオキシレスベラトロールが蓄積することも示されていました。
今回の新規性は、クワ自身のMnSTS遺伝子群を共通に活性化する内在性の転写因子MnWRKY22を同定し、その操作で組織特異的な生合成を動かした点にあります。
別の薬用植物でも同様の可能性を示す研究があります。コガネバナ(Scutellaria baicalensis)では、2023年に転写因子SbMYB45とSbMYB86.1の過剰発現によって葉のバイカリン蓄積量が増えることが報告されています。根に関連する成分生産の制御を、地上部での成分生産に応用するという考え方には、複数の研究例があるわけです。
生産植物として成立する条件
葉で目的成分が作れるだけでは、生産技術として成功とは言えません。実際の回収量は、おおむね次の要素の組み合わせで決まります。
年間回収量 ≈ 1回の収穫バイオマス × 成分含有率 × 抽出・精製回収率 × 年間収穫回数
葉の含有率が根より低くても、葉を大量かつ繰り返し収穫できれば有利な場合があります。逆に、成分量が増えても生育が悪化したり、精製が難しくなったりすれば、コスト面の利点は失われます。
さらにMnWRKY22は転写因子です。STS以外の遺伝子発現にも影響する可能性があるため、葉特異的または誘導性の発現制御など、将来の設計上の工夫も必要になるでしょう。これらは応用仮説であり、今回の論文で実証された技術ではありません。
まとめ:植物の「どこで作るか」を設計する
Xiaらの研究が明らかにしたのは、クワにおけるレスベラトロールの組織特異的な生合成を、MnWRKY22という転写因子がMnSTS遺伝子群を協調制御することで成立させているという機構です。そして、その転写制御を変更すると、葉でも新たな生合成を誘導できました。
収穫しやすい葉で目的成分を作り、可能ならそのまま蓄積させる。これは、根や根茎に成分が偏る薬用植物や、複雑な組織特異性を持つ特殊代謝産物の生産系を考えるうえで魅力的な方向です。
植物が「何を作れるか」だけでなく、「どこで作らせるか」を設計する。 今回の研究は、その選択肢を広げる一歩といえます。
参考文献
- Xia X, et al. (2026). MnWRKY22 Mediates Tissue-Specific Resveratrol Biosynthesis through Coordinated Regulation of the Stilbene Synthase Gene Cluster in Mulberry. Plant Physiology. DOI: 10.1093/plphys/kiag778.
- Hu M-W, et al. (2025). Functional characterization of key enzymes involved in the biosynthesis of distinctive flavonoids and stilbenoids in Morus notabilis. Horticulture Research 12: uhaf171. DOI: 10.1093/hr/uhaf171.
- Li H, et al. (2016). Evolutionary and functional analysis of mulberry type III polyketide synthases. BMC Genomics 17: 540. DOI: 10.1186/s12864-016-2843-7.
- Liu S, et al. (2006). High Content of Resveratrol in Lettuce Transformed with a Stilbene Synthase Gene of Parthenocissus henryana. Journal of Agricultural and Food Chemistry 54: 8082–8085. DOI: 10.1021/jf061462k.
- Fang S, et al. (2023). The transcription factors SbMYB45 and SbMYB86.1 regulate flavone biosynthesis in Scutellaria baicalensis. Plant Physiology and Biochemistry. DOI: 10.1016/j.plaphy.2023.107794.
確認範囲:Xiaら(2026)の公開要旨および関連先行研究の原著情報を照合。Xiaらの本文・補足図表の全項目照合は実施していないため、未確認の定量的な効果や実用化の見通しは断定していません。サムネイルは生産場所変更の将来像を描いたオリジナル模式イラストです。

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