飛行機が作り出すわずか22秒の微小重力。その短い時間に、生きた藻類を含むゲルを3Dプリントする。そんな大胆な実験が実際に行われました。
2026年10月30日、科学誌『npj Microgravity』に、ドイツ・ドレスデン工科大学の研究チームによる興味深い論文が掲載されました。
研究のテーマは、微小重力環境での3Dバイオプリンティング。そして、プリントする材料に選ばれたのは、光合成を行う微細藻類です。
なぜ、わざわざ宇宙で藻類を3Dプリントする必要があるのでしょうか。
一見すると壮大すぎる計画ですが、実験結果を詳しく見ていくと、地上では難しい造形を可能にする、意外な利点が見えてきます。
無重力はたった22秒。その間に3Dプリントする
今回の研究で利用されたのは、国際宇宙ステーションではなく、放物線飛行(パラボリックフライト)を行う航空機です。
航空機が急上昇と降下を組み合わせた特殊な飛行を行うことで、機内に短時間の微小重力環境を作り出します。
1回の飛行操作で得られる微小重力は約22秒。重力加速度は地上の約100分の1、つまり約0.01Gにまで低下します。
ただし、ずっと無重力というわけではありません。
通常の1Gから、約1.8Gの過重力を経て微小重力に入り、その後再び約1.8Gを経験します。
研究チームは、このわずかな時間に3Dプリンターを稼働させ、材料を押し出して立体構造を作る実験を行いました。
使用したのは、アルギン酸とメチルセルロースを主成分とするゲル状の材料です。押出式3Dプリンターでノズルから細い線状に吐出し、それを重ねることで立体構造を形成します。
驚くことに、研究チームは最大4層の積層構造を微小重力下で造形することに成功しました。
しかも、実験は単に「無重力でもプリンターが動くか」を確認するだけでは終わりませんでした。
重力がない状態だからこそできる3Dプリントがある
今回の研究で特に興味深いのが、ゲルを空中に橋渡しする実験です。
地上で柔らかいゲルを水平に押し出すと、自分自身の重さによって垂れ下がってしまいます。
これは通常、3Dプリントにとって厄介な問題です。空中に大きく張り出した構造を作るには、支持材を設けたり、材料を素早く硬化させたりする必要があります。
しかし、微小重力では事情が変わります。
研究チームは、2つの柱の間にゲルを押し出し、支持材なしでどこまで橋渡しできるかを試しました。
その結果、地上の通常重力下では16 mmを超える隙間を安定して橋渡しできなかったのに対し、微小重力下では128 mmもの距離を橋渡しすることに成功したのです。
約8倍の長さです。
ただし、この128 mmは実験装置で設定した最大距離であり、材料の限界を意味するわけではありません。
さらに、造形された橋は次の約1.8Gの過重力状態で崩壊しました。硬化していないゲルの構造を長期的に維持できたわけではないのです。
それでも、重力による垂れ下がりが小さくなることで、地上では困難な形状を造形できた点は重要です。
なお、この橋渡し実験では藻類を含まない材料が使われています。藻類を含むゲルでも同じ長距離造形が可能かどうかは、まだ検証されていません。
プリントされた藻類は、生きていたのか?
では、本題の藻類です。
研究チームは、2種類の緑藻を用いて実験しました。
- Chlorella vulgaris(クロレラ)
- Scenedesmus sp.(セネデスムス属の一種)
これらの藻類をアルギン酸・メチルセルロースゲルに混合し、生きた細胞を含む「バイオインク」を作製しました。
そして、微小重力の約22秒間を利用し、3層の格子状構造をプリントしました。
ここで重要なのは、微小重力下で行ったのは造形までという点です。
プリントされたゲルは、その後に通常の1G環境で塩化カルシウムを用いて架橋・安定化され、地上の研究室で培養されました。
では、押出操作や急激な重力変化を経験した藻類は、無事だったのでしょうか。
プリント7日後の測定結果は、次のとおりでした。
| 藻類 | 7日後の生存率 |
|---|---|
| Chlorella vulgaris | 97% |
| Scenedesmus sp. | 99%超 |
どちらも高い生存率を示しました。
さらに、クロロフィル蛍光を利用したPAM測定では、光化学系IIの実効量子収率Y(II)が両種とも約0.6に達していました。
つまり、プリントされた藻類は生き残っただけでなく、光合成に必要な機能も維持していたと考えられます。
ただし、生存率と光合成活性は地上での培養後に測定されています。そのため、微小重力による一時的な影響が、その後の回復によって見えなくなった可能性は残ります。
光合成は重力の変化に影響されるのか?
研究チームは、もう一つ面白い実験を行っています。
航空機の飛行中に、藻類の光合成活性をリアルタイムで測定したのです。
こちらの実験では、液体培養した藻類と、飛行前日に地上で3Dプリントした藻類入りゲルを比較しています。
PAM測定では、光合成の実効量子収率Y(II)に加え、余剰な光エネルギーを熱などとして処理する仕組みに関係するY(NPQ)とY(NO)も評価しました。
その結果、1G、微小重力、1.8Gという重力条件の間で、これらの測定値の平均に有意差は認められませんでした。
一方、興味深いことに、セネデスムスの液体培養では、連続する5回の放物線飛行の間にY(II)が約0.5から0.3へ低下しました。
また、余剰光エネルギーの処理に関わる指標には、種による違いや重力変化に伴う一時的な変動も見られました。
したがって、重力変化が光合成に全く影響しないということではありません。
今回の結果は、少なくとも短時間の重力変化に対して、光合成系の主要な機能が比較的安定していたことを示しています。
そもそも、宇宙で藻類を3Dプリントする必要はある?
ここまで読んで、一つ疑問が残ります。
藻類を宇宙で育てたいだけなら、普通に培養すればよいのではないでしょうか。
実際、宇宙での微細藻類利用は以前から研究されています。
藻類は光合成によって二酸化炭素を取り込み、酸素を放出します。また、種類や培養条件によっては、食料、資源生産、廃水処理などへの利用も期待されています。
長期間の宇宙滞在では、地球から酸素や食料などを運び続けるだけでなく、資源を循環させる仕組みが重要になります。
では、なぜ3Dプリントなのでしょうか。
考えられる利点の一つは、生きた細胞を任意の場所に配置し、立体的な構造を設計できることです。
例えば、藻類を含むゲルの形状を工夫し、光が届きやすい構造や、液体・気体との接触を考慮した構造を作れるかもしれません。
また、地上では自重で変形する柔らかい材料も、微小重力なら別の設計自由度が得られる可能性があります。
もちろん、これは今後の応用に関する考察です。
今回の論文では、3Dプリントした藻類が液体培養より多くの酸素を生産したことも、二酸化炭素の固定効率が高くなったことも、実証されていません。
むしろ、藻類をゲル内部に閉じ込めることによって、光の透過や物質移動が制限される可能性も考える必要があります。
自由な形状を作れることと、優れた培養装置を作れることは、必ずしも同じではないのです。
22秒間の成功と、宇宙で暮らす未来
今回の研究を「宇宙で光合成する3Dプリント構造体が完成した」と解釈するのは、少し早すぎます。
実際に行われたのは、短時間の微小重力下での造形、その後の地上培養、そして別の飛行実験による光合成活性の測定です。
宇宙空間で長期間にわたって藻類を3Dプリントし、培養・利用できることを示したわけではありません。
それでも、今回の研究には二つの重要な成果があります。
一つは、実際の微小重力環境でも、生きた藻類を含む材料を3Dプリントできたこと。
もう一つは、重力が小さい環境を利用することで、地上では難しい支持材なしの長距離造形が可能になったことです。
宇宙で物を作るというと、地上の技術を宇宙という不便な環境に適応させる研究を想像しがちです。
しかし、今回の結果は少し違う視点を示しています。
重力がないことは、製造技術にとって必ずしも欠点ではない。むしろ、地上にはない利点になるかもしれない。
宇宙で藻類を育てるだけなら、3Dプリントは必要ないかもしれません。
けれども、宇宙という特殊な環境を利用して、生きた細胞から地上では作れない構造物を製造する。
そう考えると、この研究は単なる宇宙用藻類培養の実験ではなく、将来のバイオものづくりにつながる挑戦として見ることができます。
わずか22秒の微小重力から、どこまで技術を発展させられるのか。
今後の実験に期待したいところです。
参考文献
Windisch, J., Richter, R. F., von Witzleben, M., et al. (2026). Characterizing the extrusion bioprinting process and microalgal photosynthetic efficiency in bioprinted constructs during parabolic flights. npj Microgravity, 12, Article 90.
DOI: https://doi.org/10.1038/s41526-026-00669-y
公開日:2026年10月30日
※本記事では、論文の実験結果と、そこから考えられる将来的な応用可能性を区別して紹介しています。

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