植物の抗酸化力を高めるナノ粒子が綿の病気を緩和した。工業に作られたナノ粒子の農業応用の可能性。

研究

植物の病害は、農作物の生産量や品質に大きな影響を及ぼします。そのため、長年にわたり化学合成農薬の使用が中心となってきました。しかし、農薬は生態系への影響や薬剤耐性菌の発生など、多くの課題があることも事実です。植物病害の治療法として、より環境負荷が小さく持続可能な新技術の開発が待たれているのが現状です。これに関連した、植物の病害治療に関する大変興味深い研究報告ありましたので、ご紹介します。

Polyethyleneimine-coated MXene quantum dots improve cotton tolerance to Verticillium dahliae by maintaining ROS homeostasis

綿の生産を脅かす病原菌 Verticillium dahliae

綿花の大敵である土壌生菌、Verticillium dahliaeによる病気は、世界中で綿花生産に重大な影響を及ぼしています。この菌は400以上の植物種に感染し、特にオリーブやトマト、レタス、綿などの主要作物に大きな被害をもたらします​​。この研究では、V. dahliaeの2つの分離株、より強力な落葉型株V991と非落葉型株1cd3-2のゲノムが組み立てられ、比較されています。ゲノムを解析することで、どの様に植物に作用するのか、解決策が見えてきます。

病原菌の攻撃メカニズム

研究の中心は、V. dahliaeが綿花にどのように影響を及ぼし、病気を引き起こすかという点です。病原菌は、植物に感染し、病状が進んだ後(ステージII)に活性化する遺伝子を通じて、綿花の反応性酸素種(ROS)の爆発的な増加を引き起こします。この増加は、綿花の防御反応の一環として発生しますが、結果的に綿花の耐病性を低下させることになります​​。特に、V991株特有の病原性遺伝子「SP3」が、感染のステージII中に高い発現を示しました​​。この遺伝子が原因で、様々な植物の病状が引き起こされたと特定しました。

菌と植物の相互作用の図。粒子の効果イメージ。
https://www.nature.com/articles/s41467-023-43192-4

新たな防御策:ナノ粒子の活用

研究者たちはこの問題に対処するため、ROSを取り除く能力を持つポリエチレンでコートされたナノ粒子(PEI-MQDs)を開発しました。これらのナノ粒子は、綿の耐性を向上させるために用いられ、ROSのホメオスタシス(恒常性)を維持することができました。具体的には、ナノ粒子を処理した綿花は、過酸化酵素、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼの活動が向上します。これらの物質・酵素は植物内のROSを取り除き、酸化ストレスを軽減しました。これらの結果として綿花のV. dahliaeに対する耐性が改善されました。これまでは農薬などを用いて病原菌に対して処理を行っていましたが、植物の抵抗性を改善する点が今回の研究の興味深いポイントです。​

PEI-MQD処理ありとなしのワタ植物の病気の症状
https://www.nature.com/articles/s41467-023-43192-4

植物病害の新しい防除法に期待

この研究は、綿花におけるV. dahliaeの病原性メカニズムを明らかにし、新しい農業戦略(耐性向上)を提供していました。従来あまり植物の治療目的で使われてこなかった工業用ナノ粒子を、植物病害の治療に応用できることを初めて示した点も画期的ですね。農薬とは全く異なる抗酸化作用に着目した点もユニークで、植物病理研究に新風を吹き込む成果といえます。

もちろん、さらなる応用研究が必要不可欠です。処理条件の最適化や、他の作物や病原菌に対する効果検証などが求められます。しかし、環境負荷が小さく持続可能な新しい植物病害治療法の可能性を拓いた点で、大変重要な研究成果だと言えるでしょう。

農薬依存からの脱却を目指す植物病害管理分野において、工業ナノ粒子利用は一つの有力な選択肢となり得ることが示されました。実用化に向けた動きが期待されます。

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