木本植物の遺伝子機能を調べるのは、草本植物に比べてどうしても時間がかかります。特にマカダミアのように組織培養や再分化が難しい植物では、「遺伝子を入れる」以前に、形質転換した細胞から植物体を作り直す工程そのものが大きな壁になります。
2026年8月、Plants に掲載された論文「Efficient In Planta Induction of Transgenic Hairy Roots in Macadamia Seedlings and Mature Trees Using Visual Reporters」は、この問題にかなり面白い方向から挑んでいます。
研究チームが行ったのは、マカダミアをいったん培養細胞に戻して形質転換する方法ではありません。Agrobacterium rhizogenes(現在は Rhizobium rhizogenes と分類されることもあります)を利用し、植物体に直接、遺伝子導入された毛状根を発生させました。さらに注目したいのは、幼苗だけではなく、5年生のマカダミア成木の枝でもこの方法を成立させたことです。
原著論文:Mo Y. et al. Efficient In Planta Induction of Transgenic Hairy Roots in Macadamia Seedlings and Mature Trees Using Visual Reporters. Plants. 2026;15(16):2418. https://doi.org/10.3390/plants15162418
木を培養皿に戻さず、その枝から形質転換根を作る
成熟木での方法は、園芸で使われる「取り木」にかなり近いものです。5年生の接ぎ木マカダミアの枝を環状剥皮し、その傷口に菌を接種して、湿度を保つ専用の容器で包みます。すると傷口付近からカルスと根が形成され、その一部が目的遺伝子を持つ毛状根になります。
幼苗では、菌液に切断面を浸す方法よりも、注射器で菌液を直接導入する方法の方が効率が高く、陽性毛状根の誘導率は39.25~47.38%でした。成熟木でも条件を最適化すると最大28.2%まで到達しています。論文では、接種から陽性根が現れるまで平均約30日とされています。
マカダミアのような多年生木本でこれはかなり面白い結果です。
従来なら、「遺伝子導入→選抜→再分化→植物体の育成」と進まなければならなかったところを、すでに何年も育っている木につながった状態のまま、実験に使える形質転換根を作れる可能性があります。
根の発達、栄養吸収、根圏微生物との相互作用、病原体への応答などを調べるための実験プラットフォームとしては、かなり魅力的です。
ただし、ここからがこの論文を読むうえで重要なところです。
「成木を遺伝子組換えした」わけではない
今回、遺伝子が導入されているのは新しく形成された毛状根です。枝や葉、芽、花まで遺伝子組換えになったわけではありません。
つまりできあがるのは、地上部は非形質転換、根の一部は形質転換というcomposite plant(複合植物)です。
論文自身もこの点を限界として明記しており、生殖組織が形質転換されていないため、この方法だけで遺伝する形質転換マカダミアを得ることはできません。著者らは今後、陽性毛状根から地上部を再分化させるroot-to-shoot organogenesisを確立することを次のステップとして挙げています。
したがって、現時点では「新品種を作る技術」というより、成熟した木の根で遺伝子機能を素早く調べるための実験技術と考える方が適切です。
RUBYは便利だが、「見える」代わりに代謝を変えている
この研究のもう一つの特徴が、形質転換根を見つけるために複数の可視化マーカーを利用したことです。
eGFPやDsRed2といった蛍光タンパク質に加え、RUBYとAtPAP2が使われています。特にRUBYでは形質転換された根が赤くなるため、蛍光顕微鏡を使わなくても肉眼で陽性根を識別できます。
屋外の大きな植物を対象にすることを考えれば、この利便性はかなり大きいでしょう。
一方で、RUBYには実験系として無視できない問題があります。
RUBYは単純に「赤色タンパク質を作っている」わけではありません。植物がもともと持っているチロシンを材料として、複数の酵素によってベタレイン色素を合成する人工的な代謝経路です。つまり、RUBY陽性根は、その時点ですでに代謝組成が変わっています。
そのため、例えばチロシン代謝、二次代謝、酸化還元応答、ストレス応答、あるいは代謝物そのものを評価したい研究でRUBYを併用すると、「目的遺伝子による変化」と「RUBYによる変化」を切り分ける必要が出てきます。
もちろん、この論文ではeGFPやDsRed2も利用できています。そのため毛状根形質転換システムそのものが使えなくなるわけではありません。ただし、「RUBYなら肉眼で簡単に選抜できる」というメリットと、「RUBY自体が植物代謝を変更する」というデメリットはセットで考えた方がよさそうです。
むしろ、もっと気になるのは毛状根そのもの
個人的には、RUBY以上に実験解釈で注意したいのが R. rhizogenes を利用していることです。
この細菌は、そもそも植物に毛根病を起こす植物病原細菌です。Riプラスミドから植物ゲノムへ導入されるrol遺伝子群が、植物細胞の性質を変えることで大量の毛状根が形成されます。
そしてrol遺伝子が変化させるのは、単に「根を生やす能力」だけではありません。
rolA、rolB、rolCなどは、オーキシンやサイトカイニンの代謝・感受性、植物ホルモンシグナル、根の発達、さらには二次代謝などにも影響することが知られています。特にrolBは毛状根形成に重要で、オーキシン応答や二次代謝にも影響を与えます。
これは、この研究の応用先を考えると少し悩ましいところです。
例えば、「この遺伝子を発現させたら根の形が変わった」「ストレス耐性が上がった」「二次代謝物が増えた」という結果が得られても、それが目的遺伝子だけの効果とは限りません。毛状根を成立させるために導入されたrol遺伝子自身が、まさにそうした生理現象を変えているからです。
もちろん適切なK599のみの対照区を設定すれば比較はできます。それでも、通常のマカダミア根の生理を完全に再現している実験系ではないことは意識しておく必要があります。
「毛状根を簡単に作れる」という最大の強みは、同時にこのシステム固有の制約でもあります。
日本でそのまま圃場試験、というわけにもいかない
さらに、日本での実用を考えると規制面も無視できません。
R. rhizogenes は植物病原性を持つ細菌です。日本での扱いを一律に「使用禁止」と表現するのは正確ではなく、菌株の由来や使用条件によって必要な手続きは異なります。例えばNITEのNBRCが保有する海外由来の R. rhizogenes NBRC 13257では、植物防疫所の許可が必要と明記されています。
研究施設内で適切な管理下に置いて利用することと、成熟果樹の枝に接種して屋外で育てることは別問題です。
さらに、遺伝子組換え生物を拡散防止措置なしで環境中に使用する場合、日本ではカルタヘナ法上の「第一種使用等」に該当し、生物多様性への影響を事前に審査し、承認を受ける必要があります。一方、拡散防止措置をとった施設内での利用は「第二種使用等」として管理されます。
したがって、この論文で行われたような方法を、日本の果樹園ですぐに試してみる、というわけにはいきません。
植物病原細菌としての管理と、遺伝子組換え生物としての管理。その両方を考える必要があります。
それでも、この実証実験は面白い
ここまで書くと問題ばかりの技術に見えてしまいますが、個人的な感想はむしろ逆です。
現時点でそのまま実用品になる技術ではありません。RUBYを使えば代謝が変わります。毛状根そのものもrol遺伝子によって生理状態が変化しています。地上部は形質転換されません。日本で屋外利用するなら規制上のハードルもあります。
「できた」と「自由に使える」の間には、まだかなり長い距離があります。
それでも、5年間育てた木をいったん培養細胞まで戻し、そこから植物体を作り直さなくても、すでに存在する成熟木の枝に「遺伝子を操作した根」を後から作れることを示したのは面白いと思います。
木本植物では世代時間そのものが研究速度を制限します。その制限を「植物全体を形質転換しなくてもいいのではないか」という方向から回避しようとしているわけです。
今後、rol遺伝子の影響をより小さくできる系ができるかもしれません。RUBY以外の非破壊選抜法も改良されるでしょう。毛状根から地上部を効率的に再分化できるようになれば、今回の技術から安定形質転換へつながる可能性もあります。論文でも、現在のcomposite plantからさらにroot-to-shoot regenerationへ進むことを将来展望として挙げています。
まだ先は長い。
だからこそ、この先どう発展していくのか楽しみな研究です。
論文情報
Mo Y. et al. (2026) Efficient In Planta Induction of Transgenic Hairy Roots in Macadamia Seedlings and Mature Trees Using Visual Reporters. Plants 15(16):2418. DOI: 10.3390/plants15162418

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