バイオスティミュラントを『作物―害虫―天敵』で評価した研究――生態系適合性という次の視点

海藻由来バイオスティミュラントを散布した作物と、害虫・天敵の相互作用を表現した水彩画 植物生理・発生

バイオスティミュラント(BS)の研究を読むとき、これまでは「植物に効いたか」を中心に見ていました。生育が伸びた、乾燥ストレスに強くなった、栄養利用効率が上がった。もちろん、まずそこを確かめることが重要です。

ただ、農業の中でBSを使うなら、植物だけを見ていれば十分なのでしょうか。

2026年8月28日に Arthropod-Plant Interactions に公開された研究は、海藻 Ascophyllum nodosum 由来のBSを、ソラマメだけではなく、そこにつくアブラムシ、さらにアブラムシを抑える寄生蜂まで含めた三者系で評価しました。

原著論文:Target and side effects of Ascophyllum nodosum in a plant-herbivore-parasitoid system

この論文を読んで面白いと思ったのは、結果そのもの以上に、BSを「作物―害虫―天敵」という農業生態系の中で評価しようとした視点です。

日本でも2025年に農林水産省から「バイオスティミュラントの表示等に係るガイドライン」が公表され、効果の根拠や安全性を確認しながら、農業者が効果のある資材を安心して選択できる環境を整える方向が明確になりました。BSが普及していくなら、今後は「効くか」だけではなく、「農業生態系の中でどう振る舞うか」も評価軸の一つになっていくのではないでしょうか。

ソラマメ、アブラムシ、寄生蜂まで見る

バイオスティミュラント有無と、植物・植食者・寄生蜂の組み合わせを示した6処理区の実験デザイン
Zambrano GLR, Pozzi CM, Jacobsen SK. Target and side effects of Ascophyllum nodosum in a plant-herbivore-parasitoid system. Arthropod-Plant Interactions 20, 70 (2026). Fig. 1. CC BY 4.0.

今回の実験では、ソラマメ Vicia faba、マメクロアブラムシ Aphis fabae、その寄生蜂 Aphidius matricariae を使いました。

海藻抽出物の有無と生物の組み合わせから、植物のみ、植物+アブラムシ、植物+アブラムシ+寄生蜂という3条件それぞれについて、海藻抽出物あり・なしを比較する6処理区を設定しています。実験は3回行われ、各回で各処理4反復、合計72植物が使われました。

海藻抽出物には市販の A. nodosum 製品を使用し、メーカー推奨の3.5 mL/Lで3回処理しています。最初は土壌灌注、2回目と3回目は葉面散布です。

評価項目も植物だけではありません。植物では草丈、葉数、葉面積、乾物重を測り、アブラムシでは個体数、寄生蜂では形成されたmummyの数と重量を調べています。

結果は、ほとんど「差がない」

結果を簡単に整理すると次のようになります。

評価対象海藻由来BSの影響
草丈有意な影響なし
葉数有意な影響なし
葉面積有意な影響なし
乾物重有意な影響なし
アブラムシ数有意な影響なし
寄生蜂によるアブラムシ抑制BSによる明確な阻害なし
mummy重量有意な影響なし
mummy数明確な傾向なし。ただし統計的検定には不十分

寄生蜂を導入するとアブラムシは明確に減少しました。そして海藻抽出物を処理しても、その抑制効果は有意には損なわれませんでした。

著者らは、今回評価した条件では A. nodosum 抽出物と寄生蜂による生物防除は拮抗せず、ecological compatibility(生態学的な適合性)を示唆すると結論しています。

これは良いニュースです。BSを使うことで天敵防除が必ず崩れるわけではなく、両立できる組み合わせが存在する可能性を示しています。

ただし、ここで「このBSは生態系に安全だ」と一般化するのは早すぎます。この論文には、まさに今後のBS評価法を考えるうえで重要な弱点も見えています。

一番大きな問題――そもそもBSが植物に効いていない

今回の研究で最も気になったのはここです。

海藻抽出物を処理しても、草丈、葉数、葉面積、乾物重のいずれにも有意な改善はありませんでした。アブラムシによるストレス下でも、植物状態の改善は確認されていません。

つまり今回の三者系では、BSが植物に対して明確に作用している状態を作れていません。

この点は著者ら自身も方法論上の制約として認めています。今回の実験には、例えば乾燥処理のようなpositive abiotic stress controlがありませんでした。そのため、使用した A. nodosum 抽出物がこのソラマメで生理活性を発揮できる状態だったのか、設定した用量が適切だったのかを独立して確認できていません。

これは「BSが植物に作用したとき、その影響が害虫や天敵へ波及するか」を問いたい研究としてはかなり大きな問題です。

今回わかったのは、厳密には、

BS処理 → 植物に測定可能な変化なし → アブラムシにも明確な変化なし → 寄生蜂の防除効果にも明確な変化なし

ということです。

一方、本当に知りたいのは、

BS処理 → 植物に明確な生理変化が起こる → その状態で害虫と天敵はどう変わるか

でしょう。

例えば乾燥ストレス下でこの海藻抽出物が植物状態を改善することをまず確認し、その条件で同じ三者関係を調べれば、BSによる植物の変化が農業生態系へどう伝わるかをより明確に評価できます。

この意味では、今回の論文は新しい評価軸を示すと同時に、その評価方法がまだ十分に成熟していないことも示した研究として読むと面白いと思います。

「差がなかった」だけでは安全性の証明にはならない

もう一つ注意したいのが統計的な解釈です。

例えばmummy数は全体的に少なく、zero-inflationも大きかったため、著者らは推測統計を行えていません。論文中でも、差が見えなかったことは統計的な同等性の確認ではなく、preliminary observationだと明記されています。

これは重要です。

通常の検定で「有意差がなかった」ことと、「両者が同等であることを示した」ことは同じではありません。

もし将来的に生態系適合性を製品評価の一つとして扱うのであれば、単にp値が0.05を超えることを見るだけでなく、「天敵による防除効果を何%以上低下させない」といった許容範囲を事前に設定し、equivalenceやnon-inferiorityの考え方を取り入れる方が目的に合う可能性があります。

行動への影響も今回の試験では見えない

今回、アブラムシと寄生蜂はケージ内の植物に直接導入されています。

そのため、BS処理によって植物の揮発性成分が変わった結果、アブラムシがその植物を避ける、あるいは寄生蜂が処理植物に誘引されにくくなる、といった選択行動は十分に評価できません。

過去の研究では、根圏微生物などによって植物の状態が変わることで、寄生蜂の誘引が強くなる例もあれば、逆に弱くなる例も報告されています。植物の変化は、植食者を介して上位の栄養段階へ伝わることがあります。

今回の論文でも著者らは、今後はinsect choiceや複数世代にわたる応答を調べる必要があるとしています。

さらに、寄生蜂の由来が実験回によって異なること、試験期間が播種後35日までであることなども、今後の改善点です。

日本でもBSは「根拠を示して使う」段階へ

日本では農林水産省が2025年5月30日に「バイオスティミュラントの表示等に係るガイドライン」を策定しました。

そこではBSの定義だけでなく、効果や使用に関する表示、その根拠情報、安全性の確認など、事業者が特に留意すべき事項が整理されています。農水省はその目的を「農業者が効果のあるバイオスティミュラントを安心して選択・使用できる環境を整える」こととしています。

海外でも、例えばEUでは植物BSがEU肥料製品規則の対象として整理され、表示した効果を対象植物で示すことや、安全性・品質に関する要件が設けられています。

現時点で「天敵への影響評価」がBSの世界標準になっているわけではありません。ただ、BSの利用が広がり、IPMや生物農薬、天敵利用などと組み合わせて使われる機会が増えれば、非標的生物や生態系機能との両立性は有力な評価軸の一つになると考えられます。

今回の研究は、その方向をかなり端的に見せてくれました。

BS評価は植物の外へ広がっていくかもしれない

今後の試験設計を考えると、少なくとも次のような段階が必要になりそうです。

まず、BSが本来効果を発揮すると想定される条件を作り、植物に対するtarget efficacyを確認すること。乾燥、高温、塩ストレスなど、製品が狙う条件で本当に植物応答が起きていることを確認します。

そのうえで、害虫の増殖、生存、選好性などを見る。さらに寄生蜂や捕食者などの天敵について、防除能力、発育、行動を調べる。必要に応じて複数世代、semi-field、fieldへ広げていく。

こうして初めて、

「このBSは植物に効く。そして、その効果が出ている状態でも農業生態系の重要な機能を壊さない」

という評価に近づけます。

評価項目が増えることは、BSにとって悪いことではありません。

むしろ、効果のある製品とそうでない製品、安全に既存の農業技術と組み合わせられる製品を区別できるようになれば、農業者も安心して良いBSを選べるようになります。

今回の研究だけで A. nodosum 製品の生態系安全性が証明されたわけではありません。しかし、「植物に効くか」だけでBSを見るのではなく、作物―害虫―天敵という関係の中で評価するという視点は、これからのBS研究に必要なものだと思います。

そして同時に、この論文の弱点は、次にどんな試験を組めばよいのかまでかなり明確に教えてくれています。

新しい評価軸が出てくれば、その評価方法もまた改善されていく。その過程で、効果と安全性の両方をきちんと示せるBSが残っていけば、使う側にとっては歓迎すべき流れです。

参考資料

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